「付き合ってください?笑わせるなよ。」

自身の艷やかな髪の毛を自慢するように人差し指で弄びながら,上目遣いに私を見つめる彼が呟いた。その言葉は誰に宛てて言われたものなのか,その単純すぎる答えを導き出すまでに随分と長い時間をかけてしまった。そうか,私か。

どこか他人事のように,お洒落な包装紙で包まれたように私の耳にするりと入りこんできたその言葉にぱっとしない自分がいる。笑わせるなよ?私は黄瀬君を笑わせたくて付き合ってくださいなんて言ったわけじゃないんだけどな,自分ではそう言ったつもりが言葉にならなかったらしい。ぱくぱくと閉じたり開いたりを繰り返す私の口は,私は,なんとも見窄らしく哀れな姿だ。その姿を嘲笑うかのように黄瀬君が笑う,笑う。

「あんたみたいなのと付き合う奴がこの世にいると思ってるんスか?つか,そんな姿で俺に告るとか凄い度胸っスよねー,俺尊敬しちゃうっスわ。」

しっしっ,と手で払いのけるようなポーズをとり私の横を通り抜ける彼の右手を掴んでそのままがんじがらめにしてやろうかなんて考えが過ぎったが,所詮それは私の内面的な思考でしかすぎない。外面ではぼろぼろとぽろぽろと止めどなく涙が流れ嗚咽が漏れて,なんとも無様で人様に見せることができないような汚く見窄らしい顔だった。もしも誰かが私の心の内を読んでいたならば体もと付け加えただろう。

デブで悪かったわね,ブスで悪かったわね。その言葉は何度心の中で呟いたことか。畜生,畜生!そう叫びながら両手の拳で地面を叩きつけるが20秒もしないうちに砂がめり込み痛くなってきたのでその手を止めた。かっこ悪い。

私は,かっこ悪い。

黄瀬君が放った言葉が頭の中でぐるぐると回り続ける。あんたみたいなのと付き合う奴がこの世にいると思ってるんスか?

そうだね,どうせ私に合う男なんて,私に似てデブでブスなキモヲタなんでしょうね。どん,右拳を振り上げ地面に叩きつける。小さく鋭い石ころが手に食い込んだ。痛い。痛い,痛いけど悔しい。ふと頭に私にしてはポジティブな思考が過ぎる。

“黄瀬君の野郎を,見返してやりたい”

無理なのかな,いや,やってみないとわかんないよね。ていうか,やってやりたい。

自ら右拳に力を込めて,石ころをさらに食い込ませる。プツリ,何処からかそんなふっきたような音が聞こえた気がした。

いいじゃん,痩せてやろうよ。涙が乾いてかさかさであろう顔を両手のひらで拭う。じゃりっという砂と肌が擦れ合う異様な音がしたが,今はそれさえも心地が良い。右拳に目をやれば石ころが食い込みすぎたのが一直線に真っ赤な血が垂れていた。




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