ああ,やっぱり。苗字名前はまだ,俺のことを諦めていないんだな。公園のベンチでへとへとになりながら水を飲む彼女の姿を,隠れながら見つめる。俺のためにわざわざダイエット…?あれほど馬鹿な女もこの世にいるんだな。ほんっと馬鹿馬鹿しい。

そう思い近くにあった石を蹴り上げた。…でも,なんでどうでもいいと言ってる割に俺は,この頃毎日彼女を見にここまで来ているんだろうか。彼女に笑顔を見せてまで詰め寄って,彼女を騙してまで近くに行って。

「くっそ…わけわかんねー…。」

自身の髪の毛を雑にかき分けて大きなため息をはく。あんなデブの,どこがいい?

しかしここ数日で彼女が痩せてきているのは事実であった。認めたくないという気持ちがあるのは俺が彼女に負けた気がしてならないからだろう。このままじゃ,俺のプライドも総崩れだ。最近では俺も彼女のことが好きなのではないかと自分でも頭が可笑しいんじゃないかと思うほどの考えが過ぎってしまっている。本当にわけわかんねーよ。

「くそ…。」

俺はそう捨て台詞のように吐き出して,電柱の裏から踵を返した。多分苗字は,痩せることができたらまた俺にその…告白をするつもりなのであろう。そんな事されたら今の俺がどう答えるかわかったもんじゃない。

と,そこで俺の匠なる非常に良い妙案が頭に浮かび上がった。

なんとか誘惑して,太らせてしまえばいいじゃないか。そう一人考えなんともいい考えではないのかとくすりと笑う。馬鹿な俺(自分では認めたくないものの)にしてはいい考えが浮かんだのではないのだろうか。

…しかし,太らせると言ってもどのように…そう考えたところで我に返りなんだと頭の中で繰り返す。簡単なことじゃないか。餌付すればいいじゃないっスか。思い至ったら即行動。

歩いているのがじれったくてついには走り出した。砂利が飛び跳ね砂埃がたつ。

ものの数分で目的地であるケーキ屋には着いてしまった。流石は俺の脚力,と言ったところか。ゆっくりと息を整えながらショーケースに飾られたケーキを眺め回す。…女子が好きなお菓子って,どれだ?ショートケーキは定番か,けれども俺はバナナオムレットも好きだ。大人っぽいモンブランでもいいだろうか。…あああ,なんで俺はたかがあのデブにやるケーキごときに真剣になって悩んでいるんだ。畜生が。もうショートケーキでいいだろう。あいつはもう豚って感じだし,な,周りの女子みたいにカロリーを気にしちゃいないだろう。

よしこれで…。店員に注文する前に別のショーケースに可愛らしく飾られたマカロンが目に入った。…このピンク色,あいつって感じがするな。

「お決まりでしょうか?」
「…あ,すんません。えっと,ショートケーキ一つと…マカロンのストロベリー味を,一つ。」
「畏まりました。」

少々お待ちくださいね。そう言った店員に待ってと一声かける。

「えっと…ラッピング可愛く…。」

その店員は少し驚いたように目を見開き,小さく祝福するように笑いながらまたもや畏まりましたと言い奥の方へ消えていってしまった。

って…また俺…あああ…。



「お待たせしました。」
「有難うございます…。」

まだにこやかに笑っている店員の目を直視できず素早く紙袋を貰いその場をあとにした。
畜生…あのデブス…いらないなんて言ったら絞め殺してやる…。




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