「ねえリコさん。私,わかんないんですよ。」
「何が?」
「黄瀬君が。」

え,なになに恋バナ?興味深げにリコさんが体を乗り出してきた。今日は日曜日。この前約束していたストリートバスケの日だ。今は休憩中であって,まさかこんなに疲れるとは思ってもいなかった。横に設置してあったベンチに腰掛けて休憩をする私の前では,火神君と黒子君と降旗君と…誰が呼んだのかわからないが高尾君と緑間君が熱い勝負を繰り広げている。とても私が入れる隙など無かった。入りたくもないが。

「で,黄瀬君がどうかしたの?」

ああ,そうだった。続きを話さなければ。ペットボトルのキャップをしめて横に立てる。今回は特別にスポーツドリンクを飲むことを許可してくれた。久々に,しっかりと味が付いた飲み物を飲んだ気がする。口に含んでいたスポーツ飲料をごくりと音を立てて飲み込み,続きを促すリコさんへ向かい淡々と言葉を吐き出していく。

「実はですね,黄瀬君がこの頃…優しいんですよ。」
「…え,どういう意味?」
「私もそれはわかんないんです。」

最初の内は,私のことなど忘れてしまったのかとも思っていた。確かに彼はいろんな女性と接する機会がたくさんあり,関わりも一般男性に比べれば多い。告白されるだなんて頻繁だろうし,いちいちしてきた子のことなんて覚えているはずがないだろう。しかし,彼はこの前私のことを苗字さんと呼んできた。私と彼の接点なんてあの告白したときぐらいしかない。今までに接点があったかどうかと問われても,それ以外に考えられないわけで。やはり彼は私のことを覚えているとしか思えないのだ。

「具体的に,どういう風に優しいわけ?」
「…一昨日は,図書館で高いところにある本が取れなくて脚立を持ってこようか困っていた時に横からすっと手が伸びてきて…黄瀬君が取ってくれたんです。この前は何処かに落としてしまっていたハンカチを何故か黄瀬君が見つけてくれたみたいで…わざわざ私のところまで持ってきてくれて…そんな事がこの1週間程続いているんです。」
「…ふーむ。それって…。」

要するに黄瀬君も,名前ちゃんのことが好きになったんじゃないの?

軽々しくそう口にしたリコさんに思わず吹き出す。「や,やめてくださいよ!こんなデブスを?そんなわけ無いじゃないですか!」自分で言っていて悲しくなる台詞だ。だがしかし事実なのだから仕方がない。

「でも名前ちゃん痩せてきてるじゃない。」
「それはまあ,そうですけど…。」

返す言葉をなくして俯く私の背中を優しくリコさんが撫でた。それが心地よくて目を瞑っていると,泣きじゃくる子をあやすような声音でリコさんが言葉を放つ。

「もうさ,少なからず黄瀬君が名前ちゃんに好意を持ってきていることに間違いはないんじゃないかな。名前ちゃんも名前ちゃんで自信を持ちなよ。何のためにダイエットしてるの?」
「黄瀬君を,振り向かせるため…。」
「そうそう,その意気!目標達成も近いってことじゃないのかな?」

明るい笑顔でそう放ったリコさんに,心が熱くなった。思わず彼女の懐めがけ飛びつくと,暖かく迎え入れてくれてよしよしと言いながら頭を撫でられる。

「頑張れ!」
「…はい!」

それじゃあ,続きしますか。背に回していた手をほどき,リコさんが立ち上がった。…うげえ,思わずそんな声が漏れそうになったが折角リコさんの機嫌が良さげなのに損ねさせたくはない。はい,渋々そう呟いてコートに向かうと,「おっ。」と言いながら火神君が私に向かいボールを投げてきた。もらった位置から深く膝を曲げてゴール目掛けボールを放ると,思いもしないところにボールが飛んでしまいリコさんが呆れたようにあちゃあ…と言葉を濁す。

「へったくそだなあお前!」

からからと笑う火神君の横で「全くです。」と黒子君が呟いた。

「まあ,最初はこんなもんじゃねーの?」
「俺はもっとできていたのだよ。」
「緑間君酷いわ。」

降旗君はどこか戸惑っていて,私と目が合い何か言ったほうが言いとでも思ったのか,「仕方がないよ,苗字さんだし…!」と苦笑を浮かべながらそう言い放った。

「それフォローになってないよ…。」

項垂れる私の肩を,リコさんがどんまいと言いながら強く叩いた。




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