「わ,悪い予感って何…?幸男兄。」
「…簡潔に言うと,あいつは俺の知り合い。」

幸男,兄の知り合い。その言葉が頭の中で波立ててぐわんぐわんと揺れて,現実が受け入れられないでいる私を慰めるかの如く,幸男兄が私の肩を叩き真剣な顔つきで「もう,付き合え」とはき出した。

「嫌だよ,私あの人のこと知らないし。」
「…いい奴だと思うぞ。」
「ま,まだばれたとは限らないでしょ,私と幸男兄が兄弟だって。」

他人事のようにストローを咥えながら口笛を吹く兄の右足を軽く抓る。着々とこちらに近付いてくる高尾君に作り笑いを浮かべながらどんどんと抓る力を強めていくと,幸男兄が若干涙目になりながら「ごめん,彼氏役ちゃんとやるからそれやめて,まじ痛い…」と呟いた。私に告白した相手が知り合いとわかった途端緊張が崩れ良かったものの…ばれずにすむのだろうか。

「ごめん,待たせちゃって!…って,笠松…さん?」

私の方に笑顔を振りまいた彼の顔が,兄を見た瞬間一瞬にして引きつった笑いになる。…ごめん,高尾君。君の気持ちは嬉しいのだけれど。

「私,彼と付き合ってるの…。」
「おう。」

私の言葉に一拍開けて,なにか発した方がいいのかと悟ったのか幸男兄が言葉を放ったものの,別に「おう」なんて言っても言わなくても同じだと思うし正直余分な一言だったと思う。高尾君の顔を伺ったところ,何が何だかわからないといったようにただぽかりと口を大きく開けて,私と幸男兄の顔を交互に見比べている。

「つ,付き合ってたんですか?」
「おう。」
「そうなの,だから私…高尾君とは付き合えない。…ごめん。」

喫茶店に着いてすぐ,高尾君が席に座ってもいない状態でこんな話を切り出してしまったことに少し後悔と罪悪感を感じながらも,明るい性格の彼ならばこんなこと気にせず許してくれるよね,私がふったところでとてつもなくへこんだりも…しないよね,という実に自分勝手な都合を頭の中に貼り付けた。

「え,え…え?」
「…。」

戸惑う高尾君を見据えてこのまま諦めて帰ってくれ,と祈るものの,納得した様子はおろか,何処か疑い深い眼差しで私たちのことを見つめている気がする。すると,高尾君は自分を落ち着かせるようにか深く息を吸い込み深呼吸をして,ゆっくりと口を動かした。

「みょ,苗字一緒っすよね?…え,だよね?」

…い,痛いところをつかれてしまった。ごくりと固唾を飲み込み頭の中で言い訳を咄嗟に考えるがこれといった良い言い訳が思いつかない。仕方がない,ここは言い訳なしで普通の返答で返すしかないだろう。

「そ,そうなの!苗字が一緒なこともあり惹かれあった…み,みたいな?」
「おう。」

苦し紛れの一言を放つと,机をばん,と抑え気味に叩きまた食い下がるように高尾君が口を開く。

「雰囲気,似てるよね…?」
「そ,そうー?付き合ってくるとお互い似てくるって言うじゃない?」

どくどくと地響きのごとく心臓が鳴り響き,額にはつーっと冷たい汗が一筋二筋流れ落ちる。高尾君,お願い黙って。そう願いながら握りしめた拳は,妙に湿っていて生暖かく気持ちが悪い。さらに机に両手を置きながら前のめり体勢に入った彼が大きく,大きく息を吸った。…言うな,言うなよ。それに,一番心配なのが幸男兄だ。…敢えて何も言わないでいたが,さっきから兄は,「おう」の一言しか発していないではないか。高尾君が知り合いだとわかった瞬間,緊張解れたな良かったと思っていたがまさかこの場面にきてぶり返してくるとは。幸男兄の目はもうどこを見据えているかわかず,額には私の比にならないほど尋常じゃない汗が浮かんでいた。…やばい,今の私の心情はその一言に尽きる。「えっと」さらに緊張した面持ちの高尾君が意を決したようにそう前置きの言葉を発した。

「…きょ,兄弟,だよね…?」
「ち…」

違うよ,そう否定の言葉を間髪いれずに発しようとした私に構わず,緊張のせいか半ば放心状態の幸男兄が言葉を,零した。

「おう。」

零して,しまった。