fiction | ナノ
「はい,これ」

そう言って渡されたチョコレートを見て,俺はあの時決意したんだ。来年は絶対,本命チョコを貰おう。…と。

「高尾君ハピバー。」
「何,ハピバって。」
「ハッピーバレンタインの略だよぉ。」
「…へー。」

素っ気ないー,とやたらと語尾を伸ばしたがり俺の周りに群れる女性陣を突っ切って,彼女のもとへ駆けつけたい衝動をなんとか堪える。貰いに行くなんてカッコ悪い。本当は喉から手が欲しいほど,もう欲しくて欲しくて堪らなかった彼女のチョコレートを去年,貰うことができた。それは俺の地道なるアピールが良かったのだろう。うん,きっとそうだ。

彼女から貰ったチョコレートの上には大きな字で「義理」と書いてあった。なんとも言えない感情が全身を駆け巡り,いろいろと萎えたのを覚えている。と同時に俺の闘争心は掻き立てられた。そう,なんとしても彼女から本命を貰ってやるのだ,と。

そのためには常日頃から彼女へのアピールが必要だ。…大変だった。あまり気があるなこいつ,とは思われないように,つかず離れずの距離を保ち相手をその気になるよう誘導するのはどれだけ大変なことだったか,わかる?真ちゃん経由で黄瀬君からもアドバイスをちょこちょこもらいながらこの日のために,全ては2月14日バレンタインのために俺は頑張ってきたんだ。真ちゃん風に言えばそう,人事を尽くしたのだよ。今日がそうだ,待ちに待った天命がやって来る日だ。「ちょっと高尾君聞いてるぅ?それでー,チョコをねえ」うるせえな聞いてねえよ。お前のせいで彼女の麗しい姿が見えないだろごめんまじどけて。心中舌打ちをしながら彼女の席を盗み見ると,丁度鞄の中をごそごそと漁っていた。

…お,来ちゃいましたか?来ちゃったんですか?ネクタイを引き締めて前髪を二つに分けこほんとひとつ咳払いをする。うるさい女子の声はもう聞こえない聞かない。と,彼女と目があった。まさかまさかまーさーかー?俺はとうとうやったのか,人生勝ち組ってやつか?

ぱっと視線を外し頬を赤く染めて俯く彼女に俺の心臓がうるさく脈打つ。何これうぬぼれちゃいますよ俺,勝手にうぬぼれちゃいますよ。「高尾君,あの…」きたー!と心中叫び涼しい顔をして「ん?」と返答を返したがやべえです。俺の心臓ばっくばくです。「ちょっと,いいかな…?」ちょいちょいちょいちょい来ちゃったよまじもんだよこれ。てかお前らブーイングとか指笛その他諸々うるせーよ黙っとけ。

「…いいよ?」

そう言って前髪をかき分けるとさらに頬を赤くし俺に背を向けて歩きだした。付いてこいってことか,よっしゃ。彼女について教室の扉を出ようとしたときちらりと傍島君の苦虫を噛み潰したような苦い顔が見えた。悪いな傍島君,君の想い人は今から俺に告白をしようとしているんだ。すまんね。

鼻高々と彼女についていく。今日から俺の薔薇色人生のスタートだ。ナイスファイト俺,今までよく頑張ってきた…。小さく涙し感傷に浸っているところで「高尾君」という彼女の声ではっと我に返る。

「どうしたの?」
「えっと…。」

その…。どちらともなくごくりと喉が鳴る。…さあ,いいよ言っちゃえよ。俺は何も言わないからかわない。言うとすれば君への答え,イエスだけだ。さあ言っちゃいなよ。

「…ちょ。」

…ちょ?思わずあれと首を傾げる。俺の思っていた台詞と違う。ちょ,ちょー…。ちょっと前から好きでした,とか?…うん,多分そんなところだ。ぐるぐると俺の中で回る想いとは裏腹に,彼女の口から紡ぎ出された言葉は俺にとって終了の合図を伝えるものだった。

「…調子に,乗ってんじゃねーよ…!」
「え,なんで…?!」

ぐはっ,みっともない声を出しながら俺はその場に倒れこむ。右頬にクリティカルヒットした先が尖ったものを手探りで手繰り寄せ見つめると,ピンクの可愛らしい箱だった。告られてもないのにふられたの,なんてマイナスな考えよりチョコの文字に期待を寄せるというプラスな思考が生まれてくる俺は自分で言うのもなんだが凄いと思う。綺麗に結ばれたリボンを解きおそるおそる箱の蓋へと手をかけた。

「…ちょ,っと好き…。」

白いチョコペンで書かれたその文字にふっと力が抜けていく。ちょっと,ちょっと…ちょっと…。

「なんだよー…ちょっとかよー…。」

しかし,吐き出した言葉とは裏腹に,どこか喜んでいる自分がいるのは何故だろう。まあ今日のところは,「素直じゃねえなあ…」ということで片付けておこうか。

2013.02.14
( ◎ハピバ krk/高尾和成 )
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ハピ(ハッピー)バ(バレンタイン)!!
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