fiction | ナノ
◎小学生高学年〜中学生設定で年齢ぼかし 黄瀬君が「っス」と言わない

黒板の上に躍る相合傘を見つめながら少しだけどきりと心臓が跳ね上がったのは内緒にしておこうと思い,表では平然を装い平常心を保とうとする私もそろそろ限界だ。この胸のドキドキや,火照る頬には叶わない。私の隣ではクラスの仕切り役に位置する女の子が白々しい目で私のことを見ていて,少し離れたところにいる男子はからかう様に口笛を吹きながら笑っている。伏し目がちに黄瀬君の方へと目をやると,ため息をつきながら黒板の方へと歩いて行った。

黒板にでかでかと書かれた相合傘,傘の下には下手くそな文字で「苗字名前,黄瀬涼太」と私と,黄瀬君の名前が踊っている。黄瀬君が黒板の方へ歩いて行ったのを見計らって私も小走り気味に彼と同じく黒板の前へと躍り出た。幼稚な男子の野次が激しくなる中黄瀬君が「全く,幼稚ぃよなぁ」と迷惑そうに顔を歪めながら黒板消しを手に相合傘を消していく。

消えた傘の柄の部分を見つめぽっかりと穴があいてしまったようなこの気持ちはなんなのか。我に返り私も黒板消しを手に取った。苗字名前,「…下手くそだなー」無理に笑いを作り黄瀬君の方へと顔を向けると,「ほんと」と言いながら苦笑を浮かべる。黒板消しを下にスライドさせて名前を消す私の横で,相合傘の上に描かれたハートを消そうとする黄瀬君の手が急にぴたりと止まった。

「どうしたの?」
「…いや,なんでも。」
「そっか。」

ぐっと力を込めて黒板消しを動かす。まだうっすら見える自分の名前を見つめながらふと彼の方を見た。やっぱり,私なんかと相合傘を描かれたってなんとも思わないよね。少し期待した自分が馬鹿みたいだとため息をつきながら席に戻り,私への嫉妬で腸が煮えくり返っているであろうクラス大半の女生徒のことを思い出しさらに大きなため息が出る。窓の外は雨,まさに今の私の心境にぴったりの天気であった。

∞ ∞ ∞

「降ってきたー…。」

私の目の前で槍のごとく落ちてくる雨粒を見つめながら傘を持ってきていなかったことを思い出し,今日の出来事もまだ頭から離れることなく付き纏い幾分気分が重くなる。止んでくれないよな,一人肩をすくめながら仕方がないと一歩足を踏み出した。ざあざあと耳元でうるさい雨音。みるみるうちに色が変わっていく洋服を見つけ,結構好きな服だったのになぁとさらに気持ちが沈む。走っていて鞄の持ち手がずれないようぎゅっと手で握り,運動はできない方の部類に入る私は全力を出して駆けた。駆けた。

「…うわっ。」

ばしゃり。そんな大きな音がして遅れてやってきた痛みに顔をしかめる。水たまりの上で寝転ぶ私はどれだけ醜いことだろう。

「ほんと,ついてない…。」

なんとか体を起き上がらせて,頬についた泥を拭った。お気に入りの靴は真っ茶色でもとの赤色が見え隠れするだけ。何色の靴かなんて遠目からはわからないだろう。洋服や髪の毛,あちこちに飛び散る泥を見て泣きたくなった。一歩踏み出し帰り道を急ぐ小さな勇気さえ湧いてこない。ほんとに,ついていない。

なんだか力尽きてしまって,激しい雨の降る中私はその場にへたりと吸い寄せられるように座り込んだ。もう嫌だ,歩きたくない。そんな我侭,叶うはずないだろう。もしかしたら,と思いきょろきょろと首を動かし母の車を探すが見当たるはずがなかった。そんな都合がいいこと,あるはずがない。…あ。

母の車は見当たらなかったが,私の少し離れたところにいる,あの黄色い頭は。

「…苗字さん?」
「黄瀬君…。」

不思議そうに首を傾げながら私のことを見つめる黄瀬君。しかし,すぐさま思い至ったように慌てふためき,彼のものであろう傘を私の方へと差し出してきた。

「入って。」
「…いいの?」

大丈夫大丈夫,そう言いながら笑う黄瀬君にごめんねと返し立ち上がろうとつま先に力を入れたつもりが全く入らない。「あれ,おかしいな…」待って,今立つから。しかし,どんなに力を入れても足に力は入らなかった。

「…ごめん。」

彼からの返答は返ってこない。怒らしてしまったのかな。アスファルトを打ち付ける雨の音だけが嫌に響いた。上から落ちてくる雫は髪の毛からなのか雨なのか,見当もつかない。雨と一体化しているような気分になりこのまま溶けて水溜りになってしまいたい等という私の考えは彼の一言で,彼から差し出された右手で,一気に打ち払われた。

「大丈夫?立てる?」

…え,そう言おうとしたが言葉にならず,口の中に入ってくる雨粒も気にせずただぽかんと口を開ける。そんな私はお構いなしに左手を取られ,軽々しく上へと持ち上げられた。あまりにも容易く立てたことに驚くよりも先に,そのまま左手を引っ張られ彼の傘へと入れられる。

「濡れるよ?」
「…もう濡れてるよ。」
「そっか。」

彼の右手は不思議だ。まるで魔法をかけられたみたいにぐんぐんと足が進む。繋いだ手のひら,指,手の甲。そこから伝わる暖かさに思わず体が熱くなる。
少し歩いたところで,不意に黄瀬君が口を開いた。

「なんか,黒板に描かれたのほんとになっちゃったね。」

描いたやつ予知能力できるのかよ,すげー。そう言って小さく笑う彼の横で一つくしゃみをし聞いていないふりをした。

2012.02.08
( ◎相合傘 krk/黄瀬涼太 )
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