fiction | ナノ
久しぶりに彼女の姿を見た。

昔と変わらない身長差に深い瞳。変わったのは髪の長さが少し,伸びたくらいだ。彼女も俺に気付いたのか,口元に笑みを浮かべ小さくこちらに向かって手を振っている。俺もその手に振り返せば嬉しそうに彼女が俺の方へと駆けてきた。

「元気そうだね。」
「うん,名前っちも元気そっスね。」
「うん。…あー,いや,元気じゃないよ。」
「…どうして?」
「涼太君が私のそばにいないから。」

って言ったら?彼女が小さく笑った。俺は苦笑を浮かべながら彼女の目線に合わせ腰を屈める。彼女のことが苦手だ。何処か儚くて,目を離したすきに消えてしまいそうな雰囲気は昔とちっとも変わっていない。苦手で,脆い,そんな彼女が好きでならなかった。…今もなのか。

腰を屈めた俺の髪の毛に彼女の手が触れる。嬉しそうに笑いながら俺の髪の毛をわしゃわしゃと,弱々しい力で撫でた。

「涼太君,どう?楽しい?」
「うん,楽しいよ。」
「私がいなくても?」
「…うー…ん。」

少し考えながらそう言うと,彼女は小さくからかうように笑いながら「強がったでしょ?」と,言った。図星。俺が体勢を戻してお手上げのポーズをしてみせるとくすくすと口に手を当て,また彼女が笑う。

「涼太君のファン,第一号の私がいなくても,本当に寂しくないの?」
「…ほんと,名前っちは苦手っス。正直めっちゃくちゃ寂しい。」
「へへ,嬉しいや。」

俺の,ファン第イチ号。一の部分を強調して言い放った彼女。しかし,彼女の声は蚊のなくように不安定で綺麗で,そんな声が張ったところで,ヴァイオリンの玄が揺れるようなと例えたらいいのだろうか,彼女の雰囲気と同様脆く儚くありながら美しかった。

第一号…俺と彼女の付き合いは短くて,出会ったのも去年のこと,俺がモデル業5,6年目だったわけだし,詰まるところ名前っちは俺のファン第一号ではない。しかし彼女は自分自身のことを俺のファン第一号だと言い張って聞かないし一号でも二号だったとしても,そんなこと,言い張るにはあまりにも小さい問題だから今はあまり気にしないようにしている。

「…その顔,まだファン第一号とか言ってるな,って顔してる。」
「え…。」

吃驚した。俺の思考回路は全部彼女にお見通しなのか,それとも彼女が言った通り顔に出ていたのか。慌てて顔をおさえる。そんな俺の行動を見て彼女は今までよりも大きな声で笑った。

「わかるの,一番目の私には,涼太君の全てのことが。」

一番目,そういえば,俺と名前っちが出会った頃の彼女が言った言葉…。

「私は涼太君の,心にも体にも顔にも性格にも,全部に惚れたの。全部全部。涼太君の全部を好きになった人なんて私だけでしょ?だから私は一番目。」
「えっ。」
「今これ考えてた?」
「…はあ…。」

やっぱ名前っちには叶わない。彼女の俺のことについての予知能力も,毎度毎度のことでいちいち驚くのも疲れてしまった。溜息をはく俺の前で「ひどーい」と言いながらけたけたと笑う彼女。

「…そういえば,いつ向こうに戻るんスか?」
「明日。今日だけなの,外出許可もらったの。」
「…そっスか。」
「久しぶりなのにね。ねえ,寂しい?涼太君もまた,怪我して入院してくれたらいいのに。」
「生憎,怪我なんかして入院したら先輩にしめられちゃうっスよ。」
「あの時は?」
「勿論しめられたっス。あ,同級生にだけど…。」
「同級生にしめられるなんて…。でも,それくらいその人たちは,涼太君のこと心配して,必要としてくれてるんでしょ?」
「うーん…まあ,そうなんスかねー…。」
「まあ私も,涼太君のこと必要だけど。」
「入院はしないっスよ?」
「うん。あ,私そろそろ行くね。」
「あー,じゃあ。」
「ばいばい。」

後ろを向いて歩き出す彼女の背に,もう一度声をかける。

「…また,ね。」
「…うん!またね。」

小さく,小さく手を振る彼女のかわりになるようにと大きく手を振る俺のことを,曲がり角で見えなくなるまで彼女は嬉しそうに見て手を振っていた。

遠くなるにつれて掠れる名前っちの姿が,まるで彼女自身の生命を表しているようでなんだか苦しくなる。そんな儚くて脆くて小さくて消えてしまいそうで美しくて,可愛い彼女を見送りながら。また,会おうね,と小さく胸の内で吐きだした。

また。絶対。

2013.01.26
( ◎偽りの一番目に愛を送る krk/黄瀬涼太 )
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