The man of the silver is attracted by amethyst


ここのところ二人の間に何があったのかは知らないが、ヴィオラと白雪が仲良しだ。俺はずっとそうなることを望んでいたし、笑顔で並んでいる二人を見ていると心からよかったと思う。でも、しだいに俺よりも白雪にべったりなヴィオラに不満も生まれてくるわけで。

「お前は俺の側近じゃないのか」

執務を終えて休憩しようと城の廊下を歩いていたところ。明るい笑い声が聞こえてきて庭に目をやると、木陰でヴィオラと白雪が仲睦まじく話しているのが見えた。その様子が何だかおもしろくない俺は、庭に飛び降りると仁王立ちでさっきの一言をヴィオラに向かって放った。ヴィオラがきょとんとした顔をしている隣で、白雪が呆れた表情を浮かべているのが分かる。

「…ゼン、見苦しいよ」
「うるさい!主人を放ってこんなところで雑談か。偉くなったものだ」
「ゼン、ごめん。あと少ししたら戻るつもりだった。白雪との話が楽しくて思わず長居してしまった」

白雪がヴィオラの言葉に嬉しそうに目を輝かせる。こいつは、また無意識に人を惹きつけるような言葉を吐いて。白雪が女だとはいえ、ライバルが増えるのはごめんだぞ。

「もう執務は終わったからいい。俺は休憩に入るから、お前も好きにしろ」
「え…、何か怒ってる?」
「怒ってない!!」
「ヴィオラ!ゼンがああ言ってるんだし、もう少し話そうよ!」

俺が拗ねて背を向ければ、ヴィオラは焦って絶対に俺についてくると思った。しかし、白雪のせいでそれは叶わないかもしれない。振り返れば、白雪に手を引かれ困ったように眉を下げるヴィオラの姿があった。その腕を早く振り払って、俺の隣に来いと言えたらどんなに楽だろう。俺はまだ素直になれない。

「ヴィオラ嬢〜主は怒ってるんじゃなくて妬いてるだけですよ」
「オビ…どこに行ってたの?」
「ちょいと野暮用でね。で、主。オレの言うとおりでしょう?」

ね、主?と木の上で首を傾げるオビの姿。お前、いつの間にヴィオラと親しく名前を呼び合う仲になったんだ!

「…は?妬いてるだと?ふふふざけるな、俺はただ側近なら側近らしく俺の隣にいろと」
「動揺しすぎだよ、ゼン」
「ミツヒデさんと木々嬢には言わないのに?」

白雪とオビからの一斉攻撃。何だ、こいつらは俺を攻めて一体何がしたいんだ。ヴィオラの前で俺に恥をかかせたいのか?当の本人であるヴィオラは話の流れを理解してないのか、ぽけーと俺たちの様子を眺めている。お前、鈍感にも程があるだろう。

「と、とにかく。俺は部屋に戻る」
「ゼン、私も行く」
「…好きにしろ」

背後から白雪とオビのひそひそ話が聞こえた。どれも俺を小馬鹿にした内容だったが聞こえなかったふりをしてやろう。俺は今、ヴィオラが俺についてきたことで機嫌がいいからな。

「ゼン、紅茶持って行こうか?」
「いい、少し寝る」
「そう、じゃあ私やっぱり戻って…」
「お前も来い。ところで、いつまで斜め後ろを歩いてるつもりだ?」

俺が立ち止まるとヴィオラも斜め後ろで立ち止まる。この距離は、何なんだ。確かにミツヒデと木々は俺と行動を共にする時その位置にいることが多い。側近ならばその位置が普通なのだろう。でも、ヴィオラがそこにいるのは不満だ。

「お前は俺の隣に立て。後ろはミツヒデと木々が守ってくれる。お前が俺の側近になる時約束したろう、身分や立場を気にするな。お前は俺の側近である以前に、大切な幼馴染だ」

ヴィオラは複雑な立場だ。赤ん坊の頃から一緒に育ち、兄弟のようでもあり幼馴染でもある俺の側近となり、その突然の関係の変化に悩んだ時期もあっただろう。でも弱音や文句ひとつこぼさず、俺を支え続けてくれたヴィオラには本当に感謝している。ミツヒデと心を通わせることができなかった頃、間を取り持ってくれていたのはヴィオラだ。慣れない第二王子としての生活の中で、ヴィオラといる時が唯一気を抜ける瞬間だった。俺がひねくれることなく、ここに真っ直ぐと立てているのは。

「全部お前のおかげだ、ヴィオラ」
「ゼン…どうしたの?」

心配そうな顔つきで俺を見つめるヴィオラに、ハッと我に返る。何でもないと笑ってみせ、仮眠をとるため部屋の扉を開けた。しかし、俺に続いてなかなか入ってくる様子のないヴィオラを不思議に思い、顔を覗き込む。ヴィオラは不安そうに綺麗な瞳を揺らした。

「怒ってるんじゃないの?私が、主を放っておいて雑談するような側近であること。さっきのゼンは、少し怖かった」
「…すまん。怒っているわけじゃない、俺が子供だった。ヴィオラは悪くない、いつもお前に立場を気にするなと言っているのはむしろ俺の方だ」
「…次から気をつける」

しゅんとへこむヴィオラを見ると、勝手に妬いて冷たい態度をとった先程の自分が恨めしく思える。しかも相手は男じゃない、白雪だ。俺はなんて余裕がなくて、小さな男なのだろう。とにかく今はどうにかしてヴィオラに笑顔を取り戻させないと。責任感の強いヴィオラのことだ、このままでは気にして今夜ろくに眠らんぞ。

「ヴィオラ、じゃあ今から俺の我儘を聞いてくれるか?」

ヴィオラは救いを求めるように目を輝かせた。これはもう、職業病だな。




「我儘って、こんなことでいいの?」
「あ、ああ…」

俺が思いついたのは、幼い頃のようにヴィオラに手を繋いでもらいながら仮眠すること。自分で頼んだことだが、これは相当恥ずかしいな。ヴィオラの小さな柔らかい手が俺の骨ばった手を包む。この手で剣を握って、俺を支えてくれているんだ。そう思ったら胸がジンと熱くなった。

「眠れない?」
「いや、子供の頃を思い出していた。よくこうやって二人で一緒に寝ていたな」
「…やめてよ」

急に声が小さくなったヴィオラの顔を見上げると真っ赤に染まっていて、俺もつられて照れてしまう。可愛い、今すぐこの腕に閉じ込めたい思いを何とか我慢して、繋いだ手に力を込めるだけで抑えた。

「ゼンは、大きくなったね。立派になった。すっかり第二王子だ」
「何だ、母親みたいだな。お前も成長したぞヴィオラ。俺が最も頼れる存在だ」
「本当に?すごく嬉しい」

ヴィオラが笑うと、耳にかかっていた長い髪がふわりと揺れた。俺はそのひと束に手を伸ばして、するりと撫でる。

「髪も伸びたな、女らしくなった」
「昔は男だったとでも?」
「怒るな、綺麗になったと言ってる」
「…口も上手くなったね」

ヴィオラは頬を赤く染めて、拗ねたように唇を尖らせた。今のは少し素直に褒めすぎたかと一瞬後悔したが、こんなに可愛い表情のヴィオラを見れたのだから、言って正解だった。

「俺の本心だが」
「私は騙されないから。そうやって白雪にも言いよってるんだね。昔の純情で可愛いゼンはどこに行っちゃったの?」
「なぜそこで白雪が?」
「…白雪の手に口づけしてるの、見たんだ。ラクスド砦に行ったとき」

一瞬覚えのないことできょとんとしてしまったが、記憶をたどると思い当たることがあった。白雪が患者に構うあまり体調を壊していた時、俺が白雪を見舞いに行った時のあれを見られたんだろう。見られていたのには全く気づかなかったが、ヴィオラも気配を消すのが上手くなった。と、冷静に分析している場合じゃない。ヴィオラは俺を不審がり、目を潤ませて睨みつけている。早く弁解しないとヴィオラの中の俺が悪い男という印象になってしまう。

「言い訳に聞こえるかもしれんが、あれは口づけをする真似をしただけだ。触れてない。兵士を助けてくれた白雪に感謝の気持ちを伝えたくて、ああいう行動をとった」
「…真似」
「実際触れてないにしろ、軽はずみな行動だったかもしれない。ただ誤解しないでほしい、俺が触れたいと思うのは」
「よかった」

俺の言葉をさえぎるようにヴィオラの口から聞こえた言葉。聞き間違いかと思ったが、何度もよかったと繰り返すヴィオラは心底安心したように笑っていた。その表情は何だ。俺は、勘違いしてしまうぞ。

「ヴィオラ…もしかして、俺と白雪の関係を疑ってたのか?だから、俺たちを避けてたのか?妬いていたのか?もしそうならそれは大きな誤解だ」

絶対否定されると思った。ゼンの馬鹿と怒鳴られ、殴られるのを覚悟で口にした言葉だった。でも、もしかしたらと思う気持ちもあって。もしかしたらヴィオラも俺と一緒なんじゃないかと、奇跡が起きたらと。

「…そうだよ。白雪には違うと言われたけど、まだ少し不安だった。けど、今本人から直接聞けてやっと安心できた」
「ヴィオラ…」
「ゼンの一番近くにいたいから…あなたの隣は誰にも譲りたくないから」

愛しいと、心から思える相手なんだ。立場上近づいてくる人間は全員どこかで疑わなくてはならない。だけど、物心つく前からお互いを知っていたヴィオラは違った。自分の半身のように信頼できる、その反面俺にはない物を持っていて多くのことを学ばされる。切磋琢磨して強くなってきた。信頼できる仲間であり、癒しをくれる惚れた女でもある。一番近くにいたいのは、隣を譲りたくないのは俺の方だ。離したくない、もっともっと近づきたい。愛情が止められない、目の前の愛しい存在をぎゅっと抱き寄せた。

「気にしなくても俺の隣はお前の物だ、ヴィオラ。これから先も、ずっと」
「ゼン、嬉しい。ずっと守らせて」

守るだけじゃない。俺はもう、それ以上のことをお前に求めてしまっている。伝えていいのだろうか、困らせないだろうか。目の前で微笑むヴィオラがあまりに綺麗で、俺の理性は働かなくなってきている。白い首筋に口づけを落とすと、ヴィオラの体は震えた。

「…ゼンっ!?」
「俺が触れたいと思うのはお前だけだ」

震えるアメジスト色の瞳と、艶やかな赤色の唇が俺を魅了する。どうして今まで我慢できていたものが、今はできないんだろう。一度触れたら感情を抑えられない。俺をこんなに乱すなんて、お前には本当に敵わないよ、ヴィオラ。

「ヴィオラ…好きだ」

アメジストと赤に吸い込まれるように、俺はヴィオラにそっと口づけた。

ー ー ー ー ー
(今ごろ主とヴィオラ嬢は…)
(思いが通じあってるといいね)
(あの二人がまだ恋人同士じゃないなんて
主は本当にヘタレだなあ)
(私相手に嫉妬するくらいだもん)

言われ放題のゼン王子
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テーマ「人外ファンタジー」
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