窓を叩きつけるように開けると部屋に飛びこんだ。なまえも続いて飛びこみ、リーザさんのもとへ走る。突然の闖入者たちにドクターが呆然と立ちすくむ。
「千年伯爵にお電話ですか」
僕がそう尋ねると、ドクターの手がすばやく背広の内ポケットに入った。
「アレン!!」
なまえの声を聞きつつ、僕は床を蹴る。ドクターが拳銃を取り出した瞬間、一気に距離を詰め、その手首を握る。あいている左手でドクターの首をわしづかみにすると、喉がひくりと鳴った。ドクターの手首をひねり、落ちた拳銃を素早くベッドの下に蹴りこむ。
「あなたのような人間のことを聞いたことがありましたよ。多額の報酬と引き替えにアクマの"材料"を用意する、千年伯爵の協力者…そう、"ブローカー"と呼ぶんでしたっけ?」
僕は自分の声がだんだん低くなっていくのを感じた。
「う、うわぁぁぁ化け物!」
ドクターは僕の左腕を見て転がるようにしてドアに走って行った。僕は動かなかった。いや、動けなかった。許せはしない、できることなら…。左手がぐぐっと持ち上がる。まるで僕の思いに反応するかのように。その時、温かいものが僕の左手に触れた…なまえだ。なまえは無言で首をふるふると振った。僕は必死に心を落ち着かせ左手の発動を解いた。
「(ドクターは人間だ。僕のこの手は人間を殺すためのものじゃない。アクマを破壊するためのものだ……)」
ドクターがノブに手をかけようとしたとき、ドアが向こう側から開いた。
「この恥知らずが―!!」
マザーの鉄拳がドクターの顔面に炸裂した。僕は足元に吹っ飛んできたドクターを呆然と見つめた。
「あんたがブローカーだったとはね。その腐った性根を叩き直してやるよ」
マザーはドクターの襟首をがっしりつかむと僕にメモを渡してきた。
「本部の場所だよ」
「……ありがとう、マザー」
僕はメモをぎゅっと握った。顔を上げればマザーと目が合う。マザーは僕となまえを交互に見つめると、一度ため息をついてから口を開いた。
「なぜ、こいつを見逃そうとしたんだい?」
僕はその視線に耐えられなくて、顔をそむけた。マザーは気にせず続ける。
「こいつが人間だから?あんたたちは甘いね…その甘さがいつかあんたたちを窮地に追いやるだろう……。覚悟はできてるんじゃなかったのかい?」
僕は一言もなく俯いた。なまえも何も言わない。
「敵は千年伯爵とアクマだけじゃない。ブローカーのような、人間でありながら千年伯爵に与する者は少なからず存在するんだよ。中にはドクターのように金目当てではなく、もっと積極的に人間を抹殺し、この世界を滅びてやろうと考える者もいるかもしれない。そんな奴と相対したとき、おまえたちはどうするんだい?」
僕はそっと唇をかみしめた。エクソシストとしてアクマと戦う覚悟はできている。でも、僕に人間が殺せるだろうか。
「すみません…」
「この馬鹿野郎が―!!」
思いきり顔を殴られ、僕は吹っ飛んだ。心配そうに駆け寄ってきたなまえに安心させるよう笑いかけ、マザーを真っすぐ見つめる。
「お前はまだまだ全ッ然弱い!エクソシストになるんだろうが!そんなんでこれから千年伯爵との死闘を乗り越えていけると思っているのかい!?自分を大事にできない人間が他人を大事にできるわけがないだろう!お前はただアクマを"壊す"ためだけにエクソシストになろうとしてるのかい?!」
僕は返す言葉もなく俯いた。沈黙が流れる。その時。
「リーザのように、本当の強さをもってエクソシストになりなさい」
その慈愛に満ちた聖母のような声に、僕は驚いて顔を上げた。マザーがいつもと同じぶすっとした顔で僕を見ていた。天邪鬼な…だが、自分を大事に思ってくれる人。
「アレン、一緒に頑張ろう!私も、もっと強くなりたい」
いつだって僕の傍にいてくれて、元気をくれる大切な人。
「(僕はまだ頑張れる。こういう人たちがいる限り)」
温かいものが心に満ちる。
「はい…そうですね」
僕は、リーザさんの目尻から流れる涙を指でぬぐった。
「リーザさんは、すごく強かった」