あの後、私たちはなんとか無事リーザさんの家までたどり着くことができた。そして今、三人で商店街に出かけた後町外れにある小高い丘のてっぺんに着いたところ。
「わあ…!」
「綺麗ですね…」
そこからは遥か遠くまで広がる牧草地や、なだらかに波打つ緑色の丘陵が見渡せた。澄んだ風が髪をなぶる。
「(気持ちいい…)」
私はゆっくりと緑色の海原のような草原に寝転がった。すると、リーザさんが私の隣に腰掛け微笑んでくれた。
「すごくリラックスできるでしょう?ここに来るたびに、レニーに花とか何かおみやげを持って帰っていたの。病室から動けなくても、季節の変化や外の空気を感じてほしくて」
レニーというのはリーザさんの恋人だった人。家で少しの間話を聞いただけで二人が心から愛し合っていたのが伝わってきた。リーザさんは、地面に咲いている小さな花を見つめながら幸せそうに微笑んでいた。
「僕も大事な人を喪った経験があります」
聞こえたのはアレンの声。私の隣で寝転がっていたアレンは体を起こすと静かに話し始めた。
「マナという名で、義理の父です。僕は…幼いころ親に捨てられて、マナに拾われました。血のつながりはないけれど彼は僕を育て、愛してくれました。かけがえのない大事な人です」
私はアレンの話に自分を重ねながら聞いていた。アレンとリーザさんと同じ。私も何より誰より大事だった人を亡くしてしまったんだから。
「彼が死んだとき、僕は食事もとらず、眠りもせず、ただ涙を流す人形のようになりました。そして、生き返ってほしいと愚かにも願ってしまいました…」
アレンが左手に触れた。きっとその時のことを思い出しているのだろう。アレンとマナの話は何回聞いても切なくて辛くて悲しい。私はなんとなくアレンの左手にそっと自分の右手を重ねた。
「どうやって立ち直ったんですか?」
リーザさんの問いに、アレンは力強い笑顔を浮かべ答える。
「手を差し延べ行くべき道を指し示してくれる人がいたから」
赤い髪をしたエクソシストの顔が浮かぶ。
"エクソシストにならないか?"
私のときもそうだった。ぶっきらぼうな態度のくせに、手にとった手は大きくて温かくて、その時この人に着いていこうと決めた。そう、あの男が、そしてアレンがいたから私は今…。
「あの日から僕は目標を得、ただひたすらそれに向かってきたんです。今でもマナのことを思い出すのはつらい。でも同時に幸せなんです。楽しかった思い出があるから。死んでしまった今も、彼は僕の支えになっています。だからこうして笑っていられる。生きていける―…」
優しくて強くて儚い人。アレンの真っすぐな瞳に語りかける。
"私はあなたの支えになれていますか?"
そんな私の心情を察したかのようにアレンが私にそっと寄り添う。なんだかちょっと気恥ずかしい。
「そうね…彼と過ごした日々までもが消え去ってしまったわけじゃない。大事な人との思い出は、きっといつまでも私の中にある」
「ええ、きっと」
「うん、そうだよリーザさん」
私たちは微笑み合った。心からの笑顔を浮かべた様子のリーザさんは、すごく綺麗だった。
「お茶にしましょうか」
リーザさんはそう言うと、ポットを片手に笑顔で驚きの言葉を発した。
「ところでアレンくんとなまえちゃんは恋人同士さんなの?」
― ― ― ― ―
(ちっ、違いますよ!!)
(まあそんな感じですね)
(やっぱりそうだと思ったのよ)
(は、何言ってんですか)
(笑顔で聞かれたから思わず)
(意味が分かりません)