某日午後6時過ぎ。海岸沿いに建つこの宿は、外で豪華な雰囲気をかもしだす客船からの光に照らされ輝いていた。あと1時間で国宝お披露目のための船上パーティーが始まる。そのための準備に手間取る私にとっては、この外の明るさと人々の声は焦りの原因でしかない。

「なまえ〜準備できたさ?」
「まだ!あと少し待って!」
「さっきからそればっかさ。一体何にそんなに手間取って…」

無断で私の部屋の扉を開けたラビ。ラビは私と目が合うと、一度目をまん丸にさせた後、豪快に吹き出した。外の賑やかさに負けないくらいの笑い声が、宿に響いた。




「じゃあブックマン、ヨウさんのことはお願いします」
「そちらこそ、任務は任せたぞ」
「ジジイ〜行ってくるさ〜」

ヨウさんは結局半日以上眠り続けている。手加減できなかったラビのせいでもあるけど、元の原因は私だ。もっと上手く招待状を手に入れられる方法を考えるべきだった。ヨウさんが目覚めたら、ちゃんと謝ろう。ふと隣に目をやると、バンダナを外して髪を下ろし上品なスーツに身を包んだラビが、私を見て必死に笑いを堪えていた。

「…何なの。喧嘩売ってんの?」
「だって、さっきのなまえを思い出したら、笑い止まんねえさ。なまえがあんなに化粧のセンスないとは」

さっきラビが大笑いした理由はそれ。ラビが言うには私の化粧は日本の歌舞伎というものにそっくりだったようだ。だってしょうがないじゃないか。化粧なんてものとは、今までの人生縁がなかったのだから。それを目の前の兎男は、馬鹿にしたように思い出し笑いを繰り返しやがって。

「ラビこそ、男のくせにこんなに化粧が上手いなんて逆に気持ち悪い」
「オレは器用なんさ。だいたいのことは軽々できちゃう完璧男子だから」
「自分で言うんだ。アリエナイ」

こんなちゃらんぽらんな男に負けるのは悔しい。ラビの化粧の手際の良さといったら、昨日私に化粧を施してくれた探索部隊の人以上だった。本当にこいつ、一体何者なのか。弱点なんてあるのか。

「さ、目的地についたさ。なまえ、ちゃんと令嬢演じろよ?」
「ラビの妹役なんて最悪だけどね」
「可愛気のない妹さー」

幸いなことに、この船上パーティーへの招待状には差出人である国王の名前は記されているが、招待された側の名前は記されていなかった。最近突然栄え始めた国だと聞いた。きっと他国との交流もまだまだこれからなのだろう。隣国の貴族を適当に呼び集めたというところだろうか。こちらとしては変に設定を作ったり成りすましたりする必要がなく、ありがたい。とりあえず私とラビは、用事で来れない父と母の代わりに兄妹で来たという設定にしている。

「なまえ、そこ揺れるから気をつけろ。俺の手掴んで」

船に乗り込む際の踏み台が不安定なため、ヒールである私を心配して手を差し出してくれたラビ。始めはその手を無視しようと思ったが、今はもう任務中だ。その証拠にラビの独特の語尾と訛りも消えている。ラビの目も、私に演技をしろと言っていた。

「お兄様ありがとう。お言葉に甘えて」

ラビは私の言葉に一瞬目を見開いた後、以外と演技はいけるんさね、と私の耳元に顔を近づけてこっそりと言い、笑った。余計なお世話だ。

「招待状を確認させていただきます」
「はい、お願いします」
「俺のと妹の分です」

ラビが二枚の招待状を受付の男性に差し出す。男性は私たちの顔と招待状を確認した後、爽やかに笑って中へ通してくれた。

「ちょろいね、このパーティー。セキュリティダメダメだよ」
「言葉遣いに気をつけろ。誰が聞いてるか分からない」
「…分かった。ごめんなさいお兄様」

私がそう言うと、斜め前を歩いていたラビは足を止め、何とも言えない顔で私を見つめた。何その顔、文句あるならさっさと言って欲しいんだけど。

「はあ…さっさと任務終わらせるさ」
「?うん、そうだね」

パーティーの行われる場所にたどり着いた私たちは、できるだけ出口に近いテーブルを選んで椅子に腰を下ろす。ざっと見渡すと500人はいるだろうか。全員この国に興味があって来たわけではない、きっと噂の国宝を見に来ている。国宝がイノセンスならば、この中にアクマも混ざっているはずだ。

「そう簡単には化けの皮剥がさないだろうな。実際に国宝がお披露目される瞬間、注意して見てろ」
「…分かった」

ラビに命令口調で指示されるのが癪だが、この場でこの格好では口答えすることはできない。ちくしょう、任務が終わったら覚えてろよ。

「ここ、座ってもよろしいかしら?」

凛と響く声に目を向けると、私たちが座る円形テーブルの近くに一人の美しい女性が立っていた。女性は私たちのテーブルに合席してもいいかと尋ねているらしい。もちろん、どうぞと口にしようとした時、ラビがありえない速さで駆け寄り、女性をエスコートするように私の隣の椅子を引いた。

「どうぞ。私の妹の隣でよければ、ぜひお座りください」
「まあ、妹さんなのね。可愛らしいご兄弟だわ」

ラビ、なんて分かりやすい男なんだ。完全に目がハートになっている。完全にこの美しい女性に心を奪われている。師匠といいこいつといい、男はろくなもんじゃない。

「すみません。もう一つ席が余っているから、私の友人も同席してよろしいかしら?」
「どうぞどうぞ!」

にこにことしているラビは絶対に、綺麗な人の友人はきっと綺麗だろうとか、そういう下品な考えでいっぱいだ。しかし、女性が声をかけた先には黒の燕尾服に身を包む、柔らかい髪質の黒髪をもつお色気ムンムンの大人な男性。その時のラビの絶望に溢れた表情は最高だった。

「ああ、ありがとうジル。少し船の中で迷ってしまって…」
「この方達が合席を許可してくださったんです。ご兄妹だそうで」
「へえ…ありがとうございます。私はティキ・ミックといいます」
「申し遅れました。ジルといいます」

二人は上品な仕草と物言いで自己紹介をしれくれた。お似合いな二人だ。恋人同士かと思ったが、男性の方が同業者のために知り合ったのだと付け足した。

「私はなまえ・アトランゼです」
「…」
「…こちらは兄のラビです。申し訳ありません。ちょっと今ジルさんに見惚れてるみたいで…あはは」

未だにジルさんに男の影があったことがショックなのか、呆然としているラビの足を思いっきりヒールで踏んづけて目を覚まさせる。ラビは声にならない悲鳴をあげた後、私を涙目で睨み付けた。

「仲がよろしいのですね。お二人はこの国に来るのは初めてですか?」
「はい。初めは私一人で来る予定だったのですが、妹も今後の勉強のため同行させました。ジルさんとミックさんも?」
「初めてです。何を隠そう、あの有名な国宝を一目見に来ました」

そう言って笑うミックさんの瞳が、一瞬ギラリと怪しく光った気がした。ラビもそれを感じ取ったようで、それ以上国宝をの話に触れるのは避けていた。代わりに、ジルさんの趣味や私生活について尋ねている。心底気持ち悪い。

「なまえさんはまだ幼いですね」
「あ…はい。15です。まだまだ勉強中の身で、今回も兄に誘われて」
「国宝に興味はないのですか?」

え、と口に出しそうになって我慢した。ミックさんのかもしだすこの独特の空気が少し苦手だ。目の前の彼は綺麗に笑っているのに、何かを探られているような気持ちになる。ラビも私たちの空気に気づいたようで、ジルさんとの話を切り上げて私の代わりに答えてくれた。

「実はこいつ無類の宝石好きでして、この国の国宝も一目見たいと。それも今回同行した理由なんです。俺や父上はいつも宝石をねだられて、苦労してるんですよ」
「この年から宝石に関心があるんじゃあ、将来が大変ですね」
「すみません。恥ずかしくて自分の口からは言えませんでした」

ラビの冗談めかした言葉に、ミックさんの雰囲気はさっきまでの空気はなかったかのように柔らかくなった。ラビはやっぱり賢くて、頭の回転が速い。私だけでは彼の空気に飲み込まれるところだった。

「そろそろ、始まるみたいですよ」

ミックさんの言葉どおり、ステージにパッと明るいスポットライトが当てられ、大げさなほど豪華な衣装に身を包んだ男性が姿を現した。きっと主催者の国王だろう。

『皆様、今宵は我が国の発展を祝うパーティーに参加頂きありがとうございます。どうか船上でのひと時をお楽しみください』

それから約10分もの間、国王の長い口上が続いた。つまらない内容にウトウトしかけていた頃、周りが突然ざわつき始めて目を覚ます。

『これが、その国宝です!』

ステージで熱く声を上げる国王。その手の先には、虹色に輝く宝石をあしらったネックレスが分厚いガラスに囲まれ厳重に保管されていた。その様子が、遠くの私たちからでも見えるようにスクリーンに映される。あれが、噂の。

「見つけた…イノセンス」

どこからから聞こえた不気味な声を聞き逃さなかった。バチッという音が響いて、一気に船内が真っ暗になる。停電かと一瞬考えたが、違う。これはあの国宝…もといイノセンスを狙うものの仕業だ。周りの悲鳴や国王の混乱の声。どこだ、どこにいる。冷静な動きをする者の音を聞き分けろ。

「なまえ、探し物はオレに任せて。お前は乗客を避難させるさ」

ラビの声だと分かった。私はそれに従って、先ほど事前に調べておいた電気のスイッチを暗闇の中手探りで探す。指先がスイッチに触れた時、息を思い切り吸い込んでから言った。

「出口に誘導します!速やかに避難してください!!」
「やっぱりお前だったか。国宝が見えた時のお前、普通じゃなかったさ」

ラビの冷静な声。ラビは大きな鉄槌の上に立ち、ある人物を見据えていた。

「エクソシストだったのね…どうりで嫌な感じがしたわけだわ」

その姿は間違いなく、ジルさんだった。ステージ上でイノセンスの近くに立ち、にやりと笑っている。そして、そのまま体を転換して、レベル2のアクマの姿になった。乗客たちの悲鳴はさらに大きくなり、出口に向けて一斉に走り出す。アクマのことは一度ラビに任せて、私はイノセンスを発動して、腰を抜かせて逃げきれなかった人を出口まで運んだ。乗客たちはパニックを起こしながらも、私が開け放った扉からどんどんと雪崩のように駆け出していく。幸い船はまだ出港しておらず、船内の人々に頼んで船の入り口を開放してもらった。国王は最後まで国宝を案じて残ろうとしていたが、なんとか説得して船から降りてもらった。これでこの場にいるのは私とラビとアクマだけだ。

「なまえ、とりあえずこの中じゃ戦いづらい。こいつ船の上におびき出すぞ」
「了解!」

ここからが、本番だ。

ー ー ー ー ー
(あんな子供がエクソシストねえ…)
(ノア様。奴ら船上に逃げました)
(イノセンスいただいたら帰るつもりだったが
予定変更。少し遊んで行くか)


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