教団に入団して三ヶ月。ほんの数日前にリナリーとアレンを任務に送り出したばかりの時、教団内で遊び相手もおらず暇を持て余していた私に単独での任務が舞い込んだ。任務内容はイノセンスがある可能性のある場所の調査。何だか私、できる女っぽくて素敵じゃない?

「ごめんね、人手不足で一人で行かせることになっちゃって。念のため、さっき任務が終わったと報告があった人になまえちゃんの元に向かうよう指示は出してあるから」
「大丈夫!私を信じてコムイ!」
「なまえちゃんボクをなめてるよね、別にいいんだけどね」

黒いワンピースの上から団服を羽織り、いじけているコムイを無視して部屋を後にした。初めての単独任務、いっちょ頑張ろうじゃないの!




「ふうん、船上パーティーですか」
「はい。ある国が国の発展祝いにと開く物なのですが、その国というのがつい最近になって尋常ではない速度で急激に栄え始めた国で。噂では今回は国宝である宝石を初めて公開されるとか。その国が栄え始めたのは、その宝石を手に入れてからだそうです。そこで、我々はそれがイノセンスではないかと考えています」

なるほどねえ、とうなづく。マテールの時のように自然に関する奇怪現象だけでなく、イノセンスは経済的な面でも不思議な力を発揮したりする可能性もあるのか。知れば知るほど謎が深まる、イノセンスという未知の結晶。今回のことがイノセンスの影響だとは言い切れないけれど、わざわざ遠くに向かうからには何か得たいところだ。

「そこでその船上パーティーに乗り込むためにめかしこまなければいけないと…そういうことですね?」
「貴族の集まりですから、黒い団服では目立ってしまいますので。ドレスや靴など、用意はこちらで既に済ませてあります。ただ、普段の格好と比べると少々露出があるため、隠し武器にも限りがありまして」
「私は寄生型なので大丈夫ですよ。ナイフ一本あれば十分です」

船上パーティーは明日の夜7時から行われる予定だ。近くに宿をとり、探索部隊の人と作戦を練る。まず、船に乗り込むには国王から届く招待状が必要だ。だか招待されたわけではない私たちは、もちろんそんな物を持ち合わせているはずもない。

「待ち伏せして奪うか…それとも」
「そのことなんですが、この宿に何人か明日の船上パーティーのために宿泊している方がいると聞きました」
「…!それ、最高じゃないですか。今から明日着る予定のドレス着ることってできますか?」

探索部隊の人は、始め不思議そうな表情をしていたが私の考えに気づいてくれたのか急いで準備を進めてくれた。師匠に幼い時から叩き込まれたあの技を、使う時が来たのかもしれない。




赤いドレスを翻し、コツコツとヒールを響かせて宿の階段を降りる。この宿の地下には隠れたバーがあった。探索部隊の人の話では、宿自体は素朴なものだが、地下のバーが貴族の間で有名な場所らしい。普通の地位の者では気づけない穴場、つまりそこにいる人は高貴な人であり、明日の船上パーティーに参加する可能性が高い。

「絶対に手に入れてみせる」

重い扉を開けると、そこには聞いていたとおり決して広くはないが豪華なバーがあった。客はわずか五人。夫婦のような男女と、仲良く飲んでいる中年女性二人と、一人で優雅にワインを嗜むまだ20代と思われる男だけだった。身につけているものから五人とも高貴な身分だとすぐに分かる。私は一人で飲んでいる男に的を絞って、椅子をひとつあけて座った。

「マスター隣の男性と同じものを」
「かしこまりました」

男がこちらを向くのが分かった。まだだ、まだこちらからは仕掛けない。向こうから来るのを待つ。

「ここ、隠れてて分かりにくいのね。初めて来たけど、気づけてよかった。雰囲気も好みだし、静かなのがいいわ」
「ここの方ではないのですか?」
「ええ、明日の船上パーティーに招待されたの。私は隣国の小さな家の娘です」
「またまたご謙遜を。あのパーティーには貴族の中の貴族が集まると噂です」

ワインが運ばれて来るのを待つ間、マスターと話を進めていく。これで隣の男がパーティーの話に食いついてきたら、ビンゴだ。マスターにワインの瓶とグラスを渡されると、少し注いで色を確認するように回してから口に含んだ。何回飲んでもまずい、でも顔に出しちゃダメだ。視線を感じて隣を見ると、男がこちらにグラスを傾け、乾杯の催促をしていた。

「まだ若そうなのにワインですか?」
「あら、あなたこそ。私はよく幼く見られるけど、これでも20は数年前に超えてるわ」
「へえ、これは驚いた。俺と変わらないんですね。女性が一人でこんな所に来るなんて、珍しいなと思わず声をかけてしまいました」

話しかけてきたのはただの興味心からかと諦めかけた時、男が待ち望んだ話題を口にした。

「貴方も明日の船上パーティーに?実は俺もなんです。父に行って来いと放り出されて…パーティーとか、苦手なんですけどね」

ビンゴ!!はははと笑う男に、思わず素で分かる分かると言いそうになった。普通にいい人そうだし、利用するの気が引けるな。でも任務遂行のため、心を鬼にして!

「私も似たような感じです。父も兄も家を離れられない用事があって、私しか行けそうになくて。国宝を一目見て挨拶を一通り済ませたら、すぐに帰ろうと思ってます」
「はは、それはいい。俺も真似させてもらおう」

ワイン片手に思った以上に会話が弾んで良心が痛む。これ以上仲を深める必要もない。とにかく自然な流れでどこか二人きりになれる場所に移動しよう。

「あなたも、ここに宿を?」
「ええ。父にこの地下のバーのことを聞いて、ぜひ来たいと思ったので」
「私もなの。もしよければ母国から持ってきたとっておきのお酒があるんだけれど、部屋で飲み直しませんか?」
「とっておきの?ぜひ!」

この人、簡単すぎるぞ…。騙しといて何だけど、もっと人を疑うとかした方がいいと思う。詐欺とか引っかかりそう。私は出会って間もないこの人がすごく心配です。

「あ…でも、会ったばかりだし。二人でってのは変ですかね?」
「…嫌ですか?すみません、もう少し貴方と話していたくて。迷惑なら断ってくれて構いません」
「いえいえ迷惑とかでは!貴方のような綺麗な方にそう言っていただけて嬉しいです」

綺麗?産まれて初めて言われた言葉に思わず素に戻りそうになった。探索部隊の人の化粧技術に感謝だなこれは。

「俺は4階の一番奥の部屋に宿をとっていますので」
「はい。一度部屋に戻ってから、とっておきを持って向かいます」

師匠、私はあなた直伝の色仕掛けができたんでしょうか?正直この男の方が人を疑うことを知らなさすぎて、あまり手応えがありません。怖いくらい上手く事が進んでよかった。このままお酒に仕込んだ睡眠薬で眠ってもらって、何事もなく招待状を手に入れることができたらいいけど。探索部隊の人に一応男の部屋の場所を教えると、上手くやってきますと言って部屋を出た。手には、睡眠薬入りの酒瓶を持って。




「こんばんわ、私です」
「どうぞどうぞ、入ってください。ああ、それがとっておきのお酒ですね。珍しい色をしていますね」

男が私から瓶を受け取り、よほどのお酒好きな方なのか舐めるように観察を始めた。睡眠薬のことがバレてはいけないと思って、焦って男の注意を自分に向けさせる。

「ねえ、そういえば私まだ貴方のお名前を聞いてなかったわ。何というの?」
「ああ、そうでしたね。お酒に夢中ですっかり忘れていました!俺はヨウといいます」
「私はステラといいます」

ステラ先生、しばらく名前を借ります!心の中でそう断りを入れ、ヨウさんの腕を取ると部屋の奥へと進んだ。そして、テーブルに酒瓶を置くとヨウさんは持参のグラスを出してきてくれた。マイグラスを持ち歩くって…優しそうな見かけによらずよほどの酒豪だ。

「俺の国はガラス細工が有名でして、お酒のグラスなども多く輸出されています。だからかな、俺がお酒好きなのは」

そう言って照れ笑いをするヨウさんに、別の形で会いたかったと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だって、この人ただのお酒好きないい人だよ!ヨウさんは私が持ってきたお酒を二つのグラスに注ぎ、片方を私に手渡してくれた。睡眠薬入ってるから絶対飲まないけど!

「ステラさんって、本当に20代ですか?10代って言われても納得しますよ」
「まあ…ヨウさんまで私を幼いと?」
「あっいえ!その…可愛らしくもあり美しくもあって…掴めない方だなと思いまして。不快にさせたなら申し訳ない」
「ふふ…ありがとうございます。男性にそんな風に言われたことないので、嬉しいです」

最後のは本心だった。師匠やアレンからまともに女扱いをされてこなかった私にとっては素直に嬉しい言葉だ。あ、アレンにはこの間可愛いと言われたっけ。そして…好きだ、とも。ああまた、あの日のことを思い出すと心臓がうるさくなって面倒だ。考えないことが一番!ふるふると首を振り、ヨウさんに顔を向けるとさっきまでより明らかに距離が近くなっていた。え、なんで?

「あの、ヨウさん…?」
「どうやら俺、酔ってしまったみたいです。貴方がすごく輝いて見えて、どうしようもなく触れたくて堪らない…」
「ご、ご冗談を!さあ、お酒を早く飲みましょう?すごく美味しいのよ!」
「ステラさん…!」

ぐるんと視界が回転して、背中に柔らかいベッドの感触。顔を赤くして息の荒いヨウさんに、私押し倒されてるのかな。酒弱いなら飲むなよって突っ込みたい。酔うと人肌が恋しくなるタイプの人か…面倒くさい。どうしよう、襲われかけてるとはいえ何も悪くないヨウさんにナイフを突きつけるわけにもイノセンスを発動させるわけにもいかない。試しに掴まれている腕に力を入れてみたけど、さすが男の人だ。残念ながらびくともしない。まあいざとなれば急所蹴りで逃げようと余裕をぶっこいていた私だったが、ヨウさんが私の足の間に体を入れたため、それはあっという間に叶わなくなった。おいおい、まじですか。これはちょっとやばいかも、なんて。

「同じ年頃の男女が夜中に部屋で二人きり。それも綺麗な女性とあれば、こういうこと…期待しちゃいますよ」

耳元で囁かれた言葉に、私が綺麗かどうかは別にして、確かに一理あるなと納得してしまう。これは反省点として今後に生かすことにして、問題は今の状態をどう打破するかだ。なるべくヨウさんのことは傷つけたくないんだよなあ。あのお酒を飲んでくれさえすれば、全部解決なんだけど。

「ステラさん…」

熱のこもった表情で名前を呼ばれる。ごめん、私ステラさんじゃないんだ。こうなったら最後の手段だ。顔に唾でも吐きかけて相手を油断させる作戦でいこう。そして、気が抜けた一瞬の隙をついて手刀で気絶させる。よし、完璧な作戦だ。私が意気込んだその時、ヨウさんが突然私に向かって倒れこんできた。

「その子オレの女、手出すなさ〜」

初めて聞く声に独特のなまり口調。ヨウさんは声の主にやられたのか、私にもたれかかる形でのびている。結局、私の唾かけ大作戦は決行されなかった。それにしてもこの眼帯野郎、一体誰だ。

ー ー ー ー ー
(だいじょぶ?何もされてないさ?)
(あんた誰?誰があんたの女だって?)
(…)
(おい 無視かコラ)
(ストラーーーイク!!!)
(は?)
(無事だったか、なまえ嬢)
(もう一人変なのが来た…)

任務を終えたラビとブックマンの登場

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