僕たちが教団へ入団して一ヶ月が経とうとしていた。ここでの毎日にも慣れ、任務もいくつかこなせた。今はなまえとの日課になっている午前中の鍛錬を終え、一緒に昼食を取っているところ。2人無言で大量のご飯をかきこむ姿ははじめこそ珍しがられたものの、今では教団のみんなも見慣れてしまったのか視線を感じることは少なくなった。先に完食したなまえが手を合わせごちそうさまをしてから、時計を見たり周りをきょろきょろ見回したりそわそわとし始める。そして、おもむろに立ち上がると頬をほのかに赤く染めて僕にお決まりの一言を言うんだ。

「アレン、私科学班行ってくるね」

ああ、まただ。




「絶対!おかしいんですよ!」
「どうしたの?アレンくん」

談話室で一人頭を抱えていると、たまたま通りかかったリナリーが声をかけてくれた。なまえの最近のおかしな行動を話すと、思い当たることがあるようで柔らかく微笑んだ。

「私がお昼過ぎに科学班のみんなにコーヒー渡すの、手伝ってくれてるのよ。コムリン事件でいろいろあったでしょ?心配してくれてるみたいで。私も科学班のみんなも、すごく助かってるわ」
「へ?それだけですか?」
「ああ、それとなまえって」
「リーバーさん!」

リナリーの言葉を遮るように談話室に響き渡る声。それはまぎれもない僕の妹弟子の声で、噂の張本人であって。

「あ!リナリー、アレン!リーバーさん知らない?」
「見てないわ。科学班には?」
「資料を取ってくるって言ったきり帰ってこなくて…三徹中だから、どこかで倒れてるのかも。探してみる!ありがと!」

バタンと閉じられた談話室の扉。

「リナリー…さっき言いかけたのって」
「そうそう、今みたいにね。リーバーさんのお手伝いを時間がある時によくしてるみたいなの」

僕が恐れていた事態が、現実になりつつある。おかしいと思ってた。コムリン騒動のあの時、リーバーさんへの反応は普通じゃなかった。顔を真っ赤にして、瞳を潤ませて、まるで…恋してるみたいに。口を開けば僕に憎まれ口をたたくあの子が、あんな女らしい表情を。

「僕は信じませんよ!うわあああ!」

この日、僕が鍛錬のしすぎによる疲労でおかしくなってしまったという噂が教団に広まっていたらしい。





「いつもありがとななまえ。お前も鍛錬や任務で疲れてるだろうに」
「ううん、私は平気。毎日しっかり食べてるし寝てるし、純粋に研究とかそういうの見てるの楽しくて」
「そうか、なまえはこっちも向いてるのかもな」

リーバーさんが書類をペンでコツンと指して言う。そうかもしれない、今まで私は勉強というものをまともにしたことがない。だからこそ、科学班で目にするものは新鮮で興味が引かれるものばかりだった。

「それに…」
「ん?まだ何かあるのか?」
「い、いや!何でもないです!」

何か手伝うことがないかと聞くと、リーバーさんは今はないから少し休憩しろと言ってくれた。その言葉に甘えて、近くにある書類に埋もれかけているソファに座る。膝を抱えて、目を閉じる。すぐには眠れなくて一度目を開けてみる。真剣なリーバーさんの横顔が見えて、嬉しくなった。コムリン騒動で感じたリーバーさんへのむずがゆいような照れくさいような違和感。その理由を理解した私は、時間があればこうして科学班に来てリーバーさんのお手伝いをするようになった。私の視線に気付いたのか、リーバーさんはこちらをちらっと見ると目尻をたらして笑った。そしてまた、書類に向き直る。

「…似てる、なあ」

私も一眠りしようと目を閉じたとき。

「なまえ!!!」

大きな音を立てて開かれた扉。うとうとしていた私や科学班の人が飛び起きて一点を見つめる。そこにはよほど走ったのか、息を上がらせたアレンが。アレンは私と目が合うと、こちらへ向かってツカツカと歩いてくる。

「どしたの、アレン。うるさいよ」
「ダメですなまえ!僕は許しませんよ!恋なんてまだ早い!」
「…は??」

たぶんこの部屋にいるみんなの心が私と重なった。何を言ってるんだこの白髪は。

「そういうことなんでリーバーさん。なまえは渡せません!」
「は?はあ…アレンどうした?」
「行きますよなまえ。失礼します」
「やっ、痛い!ちょっと!」

手首を痛いくらいに掴まれ、どこかへ引っ張られていく。馬鹿とか白髪とか言っても、何も言い返してこない。なんなんだこいつ、イノセンス発動してやろうかと思ったとき。私の部屋にたどり着いて、そのまま手を引かれ二人で部屋に入る。コムリン騒動で部屋を壊されたアレンは、奇跡的に無傷だった私の部屋に居座っていた。今ではコムイさんが代わりの部屋を用意してくれているが、アレンはそこで寝泊りすることはなく、二人で私の部屋の二段ベッドを使っている。握られたままの手はいつの間にかほどかれ、代わりにきつく抱き寄せられた。

「なまえ…」
「アレン?怖い夢でも見た?」
「嫌です。僕以外の隣にいくのは」
「どういうこと?さっきから話が見えない」
「君の隣は僕でしょう?」

もしかしてアレンは、寂しかったのだろうか。ずっとアレンにくっついていた私が、科学班に行くようになって一緒にいる時間が減ったから。でも、それを言うなら。

「アレンだって…!リナリーと鍛錬してたり、ジョニーとチェスしてたり、隣は私だけじゃなかったよ」
「そういうことじゃなくて!」
「じゃあ何?分からない」
「〜リーバーさんのこと好きなんでしょう?!恋してんでしょう?!」

思考が停止した。スキ、とは。いや確かに好きだよ。まあそこまではいいわ。けどその次だよ。コイ、とは。

「はあ?」
「とぼけないでください。リーバーさんといる時いつも顔赤くして、バレバレですよ。さっきだってリーバーさんの所に…」
「いやいや、アホかあんた。違うでしょ。そうじゃないでしょ」
「じゃあ何なんですかあ!僕は許しませんからね交際なんて!」

めんどくさっ!!!なんか逆ギレした上に、泣き始めたよ!どの立場なんだよ!父親か気持ち悪い!

「あのね、アレン勘違いしてるみたいだから落ち着いてよく聞いてね?」
「うっひぐ、なまえはあげません!」
「酔ってんのか!聞け!」

頭をひっぱたいて黙らせる。頭を抱え痛みにたえるアレンは大人しくなったので、私はすうと息を吐いてから口を開いた。

「確かに私はリーバーさんをよく手伝いに行ってるよ。リーバーさんっていうか正確に言ったら科学班を、なんだけど。だけどそれは別に恋したからとかじゃない。純粋に科学班のみんなの研究とか見るのが好きだからだし、手伝って勉強してみたいと思うから。…それと、リーバーさんの笑顔とか雰囲気が、ステラ先生に似てるからなんだ」

しゃごみこんで痛みにたえていたアレンが顔を上げる。ほら、そういう顔させると思ったから言いにくかったのに。

「悲しくなるとかじゃないからね!全くの別人だって分かってるし、少し懐かしく思うだけ。笑ってくれると嬉しくなって、力になりたいって思うんだ」

ステラ先生のことは教団に来る途中、孤児院の女の子と院長先生の一件で本当の意味で乗り越えられた。思い出にできたんだ。だから、会いたくなるとか二人の存在を重ねてるとかそういうことじゃない。ただ、これは神様が与えてくれた出会いだと思う。彼の存在は、不思議な安心感がある。

「リーバーさんね、頼まれた仕事終わらせたら頭撫でてくれるんだ。それがすごく嬉しくて。私が言っていいことなのか分からないけど、お父さんみたいな感じなんだと思う。ステラ先生はお母さん代わりだった。私は”お父さん”を知らないから、憧れてたのかも」
「僕、知らずに暴走して…」
「ホントだよ。今から科学班のみんなに一緒に謝りに行こう」
「なまえが僕の隣からいなくなると思って、リーバーさんにとられると思って、どうしたらいいか分からなくて」
「それであの行動か、危険人物だねアレンは」

よしよしとアレンの頭を撫でる。さっき殴っちゃったし、腫れてないといいけど。それにしてもアレンがこんなに暴走する人だったとは。新しいアレンの一面知っちゃったなあ。ちょっと嬉しいかもなんて。私も逆の立場だとしてアレンがどっか行っちゃうのは、たぶん嫌だから。愛しく思ってぎゅっと抱きしめた。

「なまえ…」
「なーに」
「なまえ…好き」

どくん、と心臓が鳴るのが分かった。

「好きだ…」

熱い視線に絡め取られて目が離せない。アレンはそのまま目を閉じて私の膝に倒れこんだ。私はすぐに動けなかった。なんで、どうして。”好き”なんて言葉も、近い顔の距離にも慣れてたはずだ。そんなこと分かってるのに、何故だか熱くてしょうがなかった。

ー ー ー ー ー
(熱があるわね これは)
(…え?)

倒れたアレンを医務室に運んだ
熱でおかしくなってたみたい
計ってみると私は平熱だった

(熱いまま、なんだけどなあ)

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