…なまえ

(い、や…)

あなたは私の宝物……

(やだ、待ってよ…私、まだ)

愛してるわ なまえ



「いかないで!!!」

自分の大声に驚いて目を覚ますと、目の前にアレンの顔。

「大丈夫ですかなまえ。ずいぶんうなされてましたよ」
「はぁ、はっ…はぁ」

息が上手くできない。そんな私の背中を、アレンは慣れた様子で優しくさすってくれる。呼吸を整えようとじっとしていると、がたんがたんと規則正しい揺れを感じ、今私たちが列車に乗っていることを思い出す。そうだ、イギリスに住んでいる師匠のパトロンに会いに行くんだった。

「ありがとアレン、もう平気」
「無理しないでくださいよ」
「悪い夢見ただけだから!」
「…なら、いいけど」

窓の外に視線を移すとそこには見たこともないくらい綺麗な景色が広がっていた。澄みきった青い空、見渡すかぎり広がる草原、そのすべてが穏やかな優しい太陽の光に照らされていた。

「…綺麗」

そう呟いた私の頭に、アレンの暖かい手がふわっと触れた。




列車を下りてから少しの時間歩くと、豊かな緑の中に教会のような家がひとつ見えてきた。

「あ、あそこですよ」
「静かなとこだねー」
「僕にとって大切な場所です」
「私好きだよ、こういうとこ」

私が素直にそう言うとアレンは心底嬉しそうに笑った。教会に近づいていくと、お墓があるところに人の姿が見えた。大柄な人で、どうやらせっせとお墓の手入れをしている様子。あの人もアレンの知り合いかな、それともあの人がマザー?

「久しぶり、バーバ」

アレンが声をかけるとそのバーバって人は振り向く。そしてアレンを見つけると、顔をほころばせ、地響きを立てながらこちらに駆けてきた。

「うぉー久しぶり久しぶり!!クロス神父さまと旅に出てからだから、三年ぶりか!?」

嬉しそうに声を張り上げながら駆けてくる。え、すごい勢いだけどちゃんと止まってくれるのかこの人。私はなんとなく嫌な予感がしてアレンから距離をとる。

「バーバ落ち着…ぶほぉあ!」
「わぉ、綺麗に飛ぶねー」

アレンは避ける間もなく、バーバの渾身の体当たりをくらい、美しい孤を描きながら吹っ飛んだ。そして着地を見事に失敗し、地面に頭から激突した。その光景を見届けた後、ぴくりとも動かないアレンの傍に行って声をかけてみる。

「おーい、大丈夫?」
「は、はい…なんとか」

アレンは苦笑いをこぼしながら私が差し出した手を握り立ち上がる。

「あれ?アレン、神父さまはどうした、一緒じゃないのか?」

私たちの近くまで歩いてきて、不思議そうに辺りを見回すバーバと目が合った。

「アレン、この女の子は?」
「なまえです、はじめまして」
「!!」

普通に挨拶しただけなのに、なぜか目を大きく見開くバーバ。誰かにそっくりとか?なんなんだいったい。バーバは目を輝かせ頬を赤く染めると、両手をぱんっとたたいて教会のほうへ走って行った。いまいち何が起こったのか理解できずぼーっとしていると、教会のなかからバーバの大きな声が聞こえてくる。

「マザー!!アレンが嫁を連れて戻ってきましたよー!!」
「「…は?」」

アレンも私も聞き慣れない言葉を聞いて目を点にして固まる。

「あれ?私ってアレンの嫁だったっけ?てゆーか嫁ってなんだっけ?」
「しっかりしてくださいよ、何混乱してんですか!早く誤解解きに行かないと!」
「わわっ!ちょっと待っ、」

焦った様子のアレンに手を引かれ教会の中に入っていく。あ、アレンのせいでおじゃまします言えなかったじゃんか!あれ言うの常識なんだぞ!常識ないやつって思われたらアレンのせいだ!なんて、どうでもいいことを考えながらアレンに引きずられるようにして歩く。ある一室に入るとアレンが急に足を止めた。アレンの背中にぶつかった鼻が痛くて押さえているとティムが羽で頭をなでてくれた。今度は私がお礼の意を込めて、ティムの頭をなでていると。

「アレンの嫁だって?」

おどろおどろしい声にアレンの後ろから部屋の中を覗くと、そこにいたのは怖い顔した白髪頭の小柄なおばあさん。アレンを見上げると、顔を青くして冷や汗を流していた。

― ― ― ― ―

(なにあの人こっえ!こっえ!)
(マ、マザー久しぶりです)
(まぁこっち来て座りな)
(スープあるぞー嫁さんもどうぞ座って)
(あ、どうもどうも)
(嫁じゃないですって!なまえもどうして否定しないんですか!)



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