結局私は、あの女の子との約束を果たさないまま街を出る。汽車がもうすぐここに着く。それに乗ってこの街を離れ、教団を目指すのだ。

「何かあったんですか?」
「え?」
「昨日からおかしいですよ」

アレンが心配そうな表情で私の顔をのぞきこんでくる。私、そんなに顔に出てたかな。私は自分の顔に両手を当てて、少しつねってみた。

「なんでもかんでも一人で抱え込まないでくださいよ。何かあったら僕に言ってっていつも言ってるでしょ」

アレンはそう言って私の頭をわしゃわしゃ乱暴に撫でる。アレンの言葉は魔法みたいだ。いつでも私のことを温かい気持ちで満たしてくれるんだから。私は、昨日の女の子のことを話そうと口を開いた。その時。

ドォン

大きな爆発音。聞こえる人々の悲鳴と、もくもくと上がっていく灰色の煙。私たちがさっきまでいた街で何かが起こったのは、容易に想像ができる。

「行ってみましょう!」
「うん!」

私たちは街に向かって走った。途中で街から逃げてきた様子の人たちとすれ違う。煙がだんだんと薄まってきて、見えなかった街の様子が少しずつ見えるようになってくる。私は咳をしながら目を凝らす。壊れた建物の残骸が見えた。何かが足に当たった気がして下を向くと、そこには体中にペンタクルを浮かび上がらせた男の人が倒れていた。視界が悪い中、周りを見回すと他にも倒れた人が。私は今の街の状況を理解して、アレンに声をかける。

「アレン、アクマがいる!」
「分かりました!」
「「 イノセンス 発動!! 」」

背中から固いクリスタルのような翼が生える。これが私のイノセンス―白星ノ翼 シャイニー・ウィング―。高く飛び上がり、アクマの姿を確認する。幸いにもアクマの数は少ない。二十体いるかいないかだろう。無事だった人も、もう逃げているので思う存分暴れられる。これなら私とアレンですぐに全部破壊できそうだ。私はアクマ目掛けて翼を勢いよく振るった。建物が崩れる音とアクマが爆発する音とが不協和音を奏でる。アレンと私によってどんどんと破壊されていくアクマたち。残りはもう数体だ。

ドォン ドォン

アレンと二人で協力してアクマの数を減らしていく。

「!」

残り二体というときに私の目にあの女の子が飛び込んできた。

「こんなとこでなにしてるの、危ないから早く逃げて!」
「お姉ちゃん、お願い!助けて!院長先生が死んじゃう!!」

目に涙を浮かべて私に縋り付いてくる女の子。女の子が指差す方には、建物の下敷きになった女性がいた。この人は、最初この女の子を見たとき一緒にいた女性だ。おそらく、女の子が住んでいる孤児院の院長先生なのだろう。私は建物の残骸に手をかける。でも、重くてびくともしない。私は自分の力の無さに、怒りまでをも覚える。

「私のことはもういいから早く逃げなさい」
「嫌だよ!院長先生おいて逃げれるわけないじゃない!」
「お願いだから、行って」
「…院長、先生」

院長先生は女の子の頬に流れる涙をそっと拭い優しく微笑む。私はその会話を胸を痛めながら聞いていた。もちろん建物の残骸をのけようとする腕には力を込めたまま。

「絶対、助けますから!」
「お姉ちゃん…」

指から赤い血が流れていく。でも痛みなんて気にならない。この状況でそんなこと気にしちゃいけない。そんなことよりも大切なことが目の前にあるのだから。

「この子には貴方が必要です!貴方がいないと駄目なんです、一番大切な人だから!」

建物の残骸が少しずつ動いていく。

「私が必ず助けます!だから、諦めないでください!またこの子の傍で笑って、抱きしめて、愛してるって何度でも言ってあげてください!!」

私の手に小さな手が重なる。

――女の子の手。

「院長先生がいないと嫌!」

その上に大きい手が重なる。

――アレンの手。

「なまえ、遅くなってごめん」

温もりが、心地よかった。




「よかったですね、無事で」
「うん」

あの後なんとか私たちで院長先生を助けることができた。女の子と院長先生と孤児院の人たちは、泣きながらお礼を言ってくれた。院長先生が隣町の病院に運ばれた後、女の子はお礼にと宝物だったらしい綺麗な石をくれた。それは、日の光に透かして見ると七色に光ってすごく綺麗だった。そう伝えると、女の子はいつかと同じ可愛い笑顔を見せてくれた。私はそれだけで、胸がいっぱいになるくらい嬉しかった。街こそはぼろぼろになってしまったものの、死者は少なくて済んだ。できることなら全員助けたかったけれど、今の私にはそれほどの力はないということなのだろう。今回のことで、それを嫌というほど思い知った。私はまだまだ弱い。駅までの道をアレンと二人、並んで歩いていく。私は女の子にもらった石を強く握りしめる。

「あの子に私と同じような思いをさせずに済んでよかった」
「…」
「本当によかった」

最初に見た女の子と院長先生の様子を思い出す。微笑み合う本当の親子のような二人。それを護ることができて、心からよかったと思える。

「アレン」

アレンと初めて会ったとき。私は大切な家族を亡くし、絶望しか感じていなかった。一人、壊れ果てた街に抜け殻のように佇んでいた私に、声をかけてくれたのがアレン。そして手を差し延べてくれたのがクロス師匠。出会ってからいつの間にかもう四年が過ぎようとしている。二人にはたくさんのことを教えてもらった。全部全部大切な思い出。今では二人のことを本当の家族だと思っているんだよ。一緒にいると、これ以上は無いってくらい安心する。感謝してもしきれないくらいのありがとうが私の中にある。私には簡単な言葉でしか伝えることができないけれど。どうか気持ちが伝わるといい。

「いつも、ありがとう」

私は足を止め、アレンをまっすぐ見て素直に気持ちを伝える。アレンは優しく微笑んで、私をそっと抱き寄せた。私は躊躇いつつもきゅっとアレンの背に腕を回す。ティムが頭の上をふわふわと飛んでいる。

「愛してるよ、なまえ」
「!!」
「僕がずっと傍にいる」
「ア、レン」
「愛してる」
「……っ」
「大丈夫、泣いていいよ」
「…う、うぁぁぁぁん!!」

アレンが私の背中を規則正しくぽんぽんと叩く。私はアレンの胸の中で、初めて声をあげて泣いた。ステラ先生や大切な家族のみんなが死んでしまったときでさえ、声は出なかったのに。本当は辛かった、哀しかった。私はもうステラ先生に会えないのに、あの子はこれからも院長先生に会うことができる。あの二人を見るほどに、ステラ先生に会いたくて会いたくて仕方が無くなっていった。でもそれは叶わないから、だから…。

"愛してるわなまえ"

私も愛してるよ、ステラ先生。

"振り返っちゃだめよ、いつでも前だけ見てなさい"

分かってる、私決めたから。一人は嫌だよ。寂しいから、怖いから。でも私はもう大丈夫。大好きなアレンがいてくれる。だから大丈夫だよステラ先生。やっと、本当の意味で、あなたたちの死を受け入れることができた気がする。たくさん心配かけてごめんね。これからもずっとずっと遠くから見守っていてください。愛しています。

― ― ― ― ―

(元気出ました?)
(うん。ありがとう…アレン兄)
(…久しぶりですねその呼び方。
小さい時はよくそう呼んでくれてた)
(え?!うわ!間違えた!今のナシ!)
((ふふ、可愛い))

甘えたモードに入って呼び間違え
シスコンアレンさん
なまえちゃんが可愛くてしかたない


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