「男見せるさ、アレン!」 「さっさと行けモヤシ」 約一名を除く友人たちの励ましの言葉に力強くうなづき、十数メートル先をこちらに歩いてくる一人の少女を見つめる。どきどき。少女は僕に気づくと一瞬目を見開いた後、気まずそうに目を伏せ右手に持っていた卒業証書を両手でぎゅっと握った。どくどく。僕と彼女の距離4メートル。ばくんばくん。背後に友人たちの応援の視線を感じながら、僕はゆっくりと口を開いた。そして、 「なまえ…卒業ですね。まあいろいろあったけど、あなたともう会わなくていいと思うと精々しますよ。二度と僕に顔見せんじゃないですよ!じゃ!」 こうして僕の初恋はあっけなく終わった。中学一年生から三年生まで一途に思い続けた女の子、なまえ。最後に見た彼女の顔は忘れない。あれは、間違いなくゴキブリを見る目だった。 「いや〜ほんとありえねえよなあ」 「何回目ですかその台詞。もう三ヶ月も前の話でしょ。いい加減忘れてくださいよ」 「アレンくんそれは無理よ。私、きっとおばあさんになっても覚えてるわ。だって私がアレンくんを心から軽蔑した最初の日だもの」 「リナリーどういうことですか。最初ってことはあれからも何度か軽蔑してるってことですか。冗談ですよね」 「ハッ、そういうとこが嫌がられんだよ。モヤシ」 「何だとバ神田コノヤロウ!!」 卒業から三ヶ月、高校生になった僕ら。ラビたち三人とは同じ高校に進学したが、腐れ縁なのか全員同じクラスになった。全員いつからつるんでるかなんて覚えてないくらいの昔馴染みけど、そろそろ神田と縁切りたいです。 「いや〜それにしてもアレンがあんなヘタレであまのじゃくなやつだったなんてな〜幼馴染の俺らでも知らんかったさ!」 「そうね、残念だわアレンくん」 「…残念って何か心にきますね。ちょっと泣いていいですか」 「へっへ〜!そんなヘタレな上に泣き虫なアレンくんに朗報さ〜」 「殴りますよラビ」 んー?そんなこと言っちゃっていいんさー?とかなんとか言ってニヤニヤしながら頭を肘でぐりぐりしてくるラビ。うっぜ、こいつうっぜ!だいたい朗報って何なんですか。三ヶ月前の傷がまだ癒えずに、後悔と自己嫌悪で毎夜涙で枕を濡らしてる僕を元気づけることができるくらいの内容なんでしょうねえ!新しい彼女ができたとかそんなつまんないことだったら埋めますよほんと! 「聞きたい?聞きたいさ〜?」 「はよ言え」 「あ…ごめ。言うから髪の毛抜かないで。…ゴホン、落ち着いて聞けよ?実は、俺も最近知ってすっげー驚いたんだけどさ…なんとなまえ、ウチの高校に通ってるらしいんさ!」 「…ラビ、全然おもしろくないですよその冗談。500円ハゲ作りますか?」 「わっ、冗談じゃないさ!イタ、イタダダダ!!ヤメ、ヤメテ!!」 やっぱりつまらない内容だった。だってなまえは、僕たち私立組とは違う公立高校を受験して受かってた。春からそこに行くんだって嬉しそうに言ってた…のを盗み聞きしたことがある。高校は別々になる。だからこそ卒業のあの日、僕は自分の気持ちを伝えようとしたんだから。 「ラビ…それ本当なの?」 「リナリーは信じてくれるよな?!いくら俺でもこんな嘘つかねえさ!」 「信じたいけど、実際に見たの?」 「いや、俺は見てねえけど俺の友達が同じクラスだって。クラスは確か…」 「俺は見たぜ」 「「は?!!」」 「神田が?じゃあ本当なのね…」 「ちょっとリナリー。何で俺は信じずにユウはすぐ信用するんさ」 ちょっと待って、頭が追いつかない。ラビの友達がなまえと同じクラスで、神田はなまえがいるの前から知ってて、なまえはまた僕と同じ学校に通ってる? 「なん、で…!そんな大事なことすぐ言わないんですかバ神田!!」 「別に、俺は関係ない」 「関係ないとかじゃなくて…僕は!」 「俺が言ったらお前何かしたのか?最後のチャンスだったあの時でさえ上手くやれなかったようなお前が。何もできないだろ」 神田の襟を掴んでいた腕の力が抜ける。言い過ぎだと神田を責めるリナリー。僕を心配するようにオロオロしだすラビ。あの時、僕を真剣に応援してくれた三人。僕は、あの時純粋に応援してくれた三人の気持ちを踏みにじったんだ。 「ごめん…ラビ、リナリ…神田」 「アレン?」 「僕、今度こそ上手くやります。絶対に。だから、もう一度」 「…アレンくん、あそこ」 リナリーが指差す方を見れば、そこには頬杖をつき隣の校舎の窓からこっちを覗くなまえがいた。僕と目が合ったなまえは、あの日と同じように一瞬目を見開いた後、気まずそうに目を伏せる。僕はすぐに立ち上がって教室の扉へ走る。昼食中のクラスメイトが、僕の突然の行動に驚いたように目を見合わせた。廊下へ走り出すと、後ろから聞き覚えのあるあの台詞が次々に飛んでくる。まるで、ヘタレであまのじゃくな僕の背中を押すみたいに。 「アレンくん、頑張って!」 「男見せるさ、アレン!」 「さっさと行けモヤシ」 あの日言えなかった言葉を 今度こそ伝えるから、聞いてください 20150201 |