◇ | ナノ


珍しく二日連続で跡部邸へ呼ばれた。丁度忍足くんのことも聞きたかったから好都合なんだけど、何かあったのかと不安になる。私を振り回すくせして変なところで気を使うから、連続でお泊りなんてことは滅多にないのだ。
目の前のテーブルで課題をやる跡部に目を向ける。スッと伸びた指はまるで陶器のように白くキメが細かい。羨ましい、と思いながら私はちらりと自分の指を見たが、すぐに跡部の方へ視線を戻した。……明日ハンドクリームでも塗ろうかな。


「…ん?どうした?」

「なんでもないよ」

「……そうか」


やっぱりどこかおかしい跡部。持っていたシャーペンを置いて、私は跡部に問いかけた。


「跡部、何かあった?」

「…あったといえば、あった」

「どうしたの?」

「そうだな…どっちから話せばいい?」


どっち、ということは2つあるのだろうか。
返答に困った私は「じゃあ、いい方から」と言った。そもそも跡部の原因が悩み事なのかなんなのかすらわからないのだ。恐らく悩み事だろうけど、もしかしたら恋煩いとかそういうものかもしれない。


「いい方、な…。じゃあ朝、テニス部であったことからか」

「テニス部?」

「あぁ。今日の朝練が終わった後に向日が妙に長い黒の髪の毛を発見してな」

「…妙に長い髪の毛?」

「ほら、ウチには黒髪でロングなんて居ねえだろ?だからアイツら変に勘繰っちまってな」

「あれ、宍戸くんは?髪の毛長いじゃん」

「あいつは色素が薄いから光に当てると茶色になるんだよ」

「…なるほど」


これで合点がいった。つまり忍足くんは放課後テニス部の部室の方へ向かう私を目撃していたのを思い出して、もしかして私が部室に入ったのではないのか、と推測したんだろう。忍足くんって意外に行動力あるんだね…。


「実害があったわけじゃねえから変に勘繰るのはよせ、とは言ったんだがな」

「あ、何も取られてないんだ」

「…取られてはいなかったが、鳳曰く若干物の位置が違っていたらしい…が、気にする程でもないだろう」

「……うーん、ちょっと気になるね。もしかして、誰か入ったんじゃ…」

「バカ言え、鍵は俺が持ってるんだぜ?入れるわけねえだろ」

「それもそうか」


納得した私に「そんなことより、」と跡部が続ける。…え、これが本題なんじゃないのか。


「忍足がお前のところに行ったんだって?」

「な、なぜそれを…」

「…まあそれは置いといて、だ。……何もされてねえよな?」

「流石に忍足くんも疑惑の段階で何かはしないでしょ。大丈夫、きゃぴきゃぴぶりっ子しておいたから」


そう言って笑うと、一拍置いた後に「…そうか」と安堵したように跡部は笑った。さらりと前髪が跡部の目にかかる。アイスブルーの瞳、本当におじさまにそっくりだ。
今は海外で仕事中であろう跡部の父親を思い浮かべ、少し寂しくなる。跡部は親が居なくて寂しくないのだろうか、と。前に聞いたことはあるのだが、環が居てくれるならそれでいい、だなんて告白めいたことを言われただけだった。彼にとって私は家族も同然なんだろう。そりゃあ、私のおじいちゃんと跡部のおじいちゃんがああいう関係だったから私みたいな一般庶民が跡部と幼少の頃より仲良くしてこられたわけだけど。それこそ、結構跡部と一緒に居る樺地くんよりも、深くなれたと言える。


「それで、もう一つは?」

「……転校生のことだ」

「あ、そういえば転校生、どんな子なの?」

「一言で言えば人形みてえに顔が整ってやがる。艶のある髪、程よく保ったスタイル、何よりよく笑うしよく話す。完璧で非の打ち所がない女だった」

「う、うわあ…。跡部がそこまで褒めるって…そんなにすごいんだ…。って、そんな非の打ち所がない女の子がどうかしたの?まさか、惚れた?」

「違えよばーか。アイツな、担任が“困ったことがあったら跡部に聞きなさい”って言ったあと、紹介もされてねえのに俺のところに来て“よろしくね、跡部くん”とか抜かしやがったんだ」

「?跡部って割と他校にも顔が割れてるよ?小学校の友達の子達も跡部かっこいいとか言ってたし」

「まあ、それだけだったら俺だって気にはしないさ。問題はその後なんだよ」

「その後?」


そこで跡部は一言切った。人形みたいにかわいくて非の打ち所がない女の子、か…。そして社長令嬢。うーん、跡部にはそれ相応の女の子じゃないとあげられないって思ってたけど、これは良物件じゃないのか…?財力もあってかわいくて…。ここで包容力というか、跡部を支えられるような子だったら…。うん、もう全力でくっつけるしかないな。


「アイツが俺を見る目が、気持ち悪ぃんだよ」

「気持ち悪い?」

「…まるでパーティのときの大人の目だ」

「…そう」


パーティには何度か同席している。というか跡部が跡部として出るパーティには必ず着いていかされる。よくわからないが、これはおじさまにも頼まれたことだ。まだまだ中学生、安心できる人が側に居た方が跡部もリラックスできるとか、なんだとか。
そんなパーティのときの大人の目、ということは、跡部を自分の尺で測って見ているということだろうか。跡部景吾という男を自分の中で勝手に作り、その想像のままであることを疑わないという、あの視線。社交の場ではむしろそうでなければ困るのだが、それを学生がするとなれば、きっと息苦しいだろう。


「別に俺が完璧な男だと思われるのは構わねえ。ただ、」

「ただ?」

「………軽い男だと思われるのは、心外だ」

「ぷっ」

「…なんだよ」

「い、いや…。跡部ってば、その転校生に軽い男って思われてるの?」

「…あぁ。俺がクラスの女子に話しかければ“あんまり女の子をメス猫扱いしちゃだめだからね!”とか“ナルシストもほどほどにしなさいよ”とかなんとか」

「な、なにそれ…」

「わかんねえよ。ただ用事があったから話しかけただけだっつーのにこんなこと言われて…。他校ではどんな噂で通ってるんだよ…」

「いや…そんな軽い男とかチャラいなんて聞いたこと無いけど…」


はぁ、と深い溜息を漏らし、「なんなんだよ…」と困ったように呟く跡部の頭をポンポンと撫で、「なんとかなるさ」と慰めておいた。
クラスも違うし、学校では接点の無いふりをしている私には、こんなことしかできない。
それでも跡部は安心したような表情を見せて、「…あぁ」と言うのだから、私は調子に乗ってしまうのだ。
一刻も早く転校生がクラスに馴染んで、跡部がお世話をする必要がなくなりますように。



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