◇ | ナノ

向日くんに睨まれたり忍足くんに無言の圧力をかけられたり宍戸くんが意外と良い人だったりと数分の間がすごく濃い。そんなことを思いながら何気なく携帯を開くと“あぁ、そういえばさっき忍足たちが帰っていったぞ。まだ居るんじゃないか?”というメールが来ていた。お、遅えんだよ!と全力で叫びそうになった。まじ遅えよ!来いってメールに書いとけよ!
そんなことがあったからか、テニスコートの脇にある部室に付くころには尋常じゃない疲労感が私を襲っていた。レギュラー(一部除く)には睨まれるし歩かされるし睨まれるし睨まれるし睨まれるし。これは文句を言ってやらねばならぬホトトギス、と部室を開けると着替え済みの樺地くんと着替え中の跡部が居た。


「お疲れ。部誌はどこ?」

「あぁ、そこにある」


上着を脱ぎながらそう言う跡部に合わせて樺地くんが部誌を差し出してくれた。「ありがとう」と言うと「ウス」と決まりの文句。うわ、跡部の筋肉やべー、と思いつついつものようにパラパラと部誌をめくり、部員の様子の欄に書き込むためペンを取る。
実はあの図書室からコートがしっかり見えるのを利用して、私は模擬試合を見て思ったことを定期的に書いている。というか前に書いてみたら好評だったので、跡部に頼まれた、というものだが。普段は部誌を持ち帰って跡部の家で書くのだが、今日はまだ跡部の帰る準備ができていないから、部室で少しだけ書くことにした。


「あ、樺地くんお疲れ様。帰っても大丈夫だよ」

「そうだな、樺地、ご苦労だったな。環も来たことだ、帰っていいぞ」

「ウス」


跡部の上から目線の言葉に嫌な顔一つせずに返事する樺地くんはすごく偉いと思う。「では…失礼します…」そう言って部室から出ていく樺地くんに小さく手を振った。


「で、どうだった?」

「どうって?」

「忍足たちと鉢合わせした気分だよ」

「うーん、睨まれたけど宍戸くんが意外に良い人だったから…ハッピー?」

「それハッピーじゃねえだろ」


ボタンを止めながら部誌を覗く跡部に「え、そう?」と返すと苦笑されながら「そうだろうが」と言われた。
様子を見れば分かるように私と跡部は知り合いだ。というか幼馴染みのようなものだ。小さい頃から跡部と一緒で、男女の壁なんて私達にはなかった。そんな概念ができる前から一緒で、何をするにも一緒だった。今じゃ流石にお風呂とかは一緒に入ったりはしないけど、一緒に寝たりはする。正直私は一緒に寝ることに何か意味を感じないけど、跡部は私と寝ると昔に戻ったみたいで安心するらしく、時々こうやって私を家に招いては一緒にぐだぐだして寝たり。
本来なら近所の公立中に通う予定だった私を、俺が金を出すから氷帝に来て欲しい、なんて言って氷帝を受験させたのも跡部だ。度々、突拍子もないわがままを言っては私を振り回す跡部だけど、私は跡部が嫌いじゃない。むしろ大切な友人だと思っている。多分、この学園で一番大切な人だと思う。


「今日はお前の気分に合わせて和食を作るように言っておいた」

「なんで私が和食な気分ってわかったの…」

「いつものことだろ」

「そうだけど毎回疑問なんだよね」

「んなもん、お前が俺の気持ちを当てることと一緒だろうが」

「なんか違うような…」


大体気持ちとかは一緒に居れば、考えてることとか行動パターンとか仕草とかでわかるじゃん?でも流石に気分は…。コロコロ変わったりするもんだし、一緒に居るからってわかんないと思うんだ、私は。
そんな風にどうでもいいことを話しているうちに跡部の準備が終わりかけだったので、私は部誌を閉じて鞄の中に入れた。この後に待っているのはリムジンかあ。リムジンに乗りなれた自分がこわい。


「っていうか、レギュラーが居るって言うの遅すぎるんだけど!」

「仕方ねえだろ、忘れてたんだから」

「ムスッとしてもかわいくねえぞ」

「別にかわいさ狙ってねえよ」

「イケメン憎い」

「お前もブスじゃねえだろ」

「美人って言わないところが跡部らしいよね」


ハン、と笑う跡部を横目に部室のドアを開けた。自然な流れで私の荷物も持っている跡部を見ると、普段の尊大な態度の跡部を思い出す。今の優しい跡部と上から目線な跡部。どっちも跡部なんだけど上から目線なキング跡部に私は違和感しか感じない。うーん、生徒の中では私の次に跡部と長く居る樺地くんですらキング跡部に違和感なんてないらしいし…、どうなんだろう。初等部からこんな感じだったって聞くから、多分だけど、跡部も無意識に学校と家で性格が変わるのかなあ、とか思ったり。けど、なぜに?家族にだけ変わるっていうのはまだわかるけど、学校と家ってわける必要ないような。そもそも家には跡部の家族は犬ぐらいしか居ないのだから学校と然程変わらないだろうし。と、たまに考えるのだが、結局答えが出ないから幼馴染みの特権みたいなものでいっか、と結論付けている。


「……環」

「なに?」

「氷帝に来たこと、後悔してないか?」


ゆっくりと校門に向かって歩く中、跡部がぽつりと呟く。不安げな声に私はいつものように口を開く。


「後悔してたら跡部のことガン無視だから」

「……そうだよな」


たまに不安になるらしい。俺ばっかりお前に甘えていいのか、って。これで甘えているつもりなのかと跡部の頭をぶん殴りたくなるが、これが精一杯の甘えなんだろう。こうやって一緒に居ることが、跡部にとって一番幸せなことということを喜べばいいのか少し複雑なところだけど、跡部は私の一番の友達。あ、親友って感じなのかな。だからね、その親友が一緒に居たいって言うなら私には拒む理由なんて何もないんだよ。そう言えば、跡部はいつも、そうかと言って静かに笑う。
ぎゅ、と跡部が手を繋いできた。少し暖かい手はゴツゴツしている。テニスがんばってるんだなあと思うと少し笑いが溢れる。
今はまだ私が跡部の一番かもしれないけど、いつか私を越える跡部の一番が現れてくれるといいな、なんて。そう思うけど、半端な女の子に跡部は渡したくないな、なんていう独占欲もあったりして。そんなことを思いながら私は跡部の手を握り返した。




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