◇ | ナノ

パコーン、パコーンと気持ちのいい音に混じって悲鳴にも似た声援が聞こえる放課後。我が氷帝学園のテニスコート付近は今日も今日とて賑わっていた。


「テスト週間なのに部活ってテニス部も大変だね」

「そうだね、熱心すぎて逆にこわいよ」

「私は熱心なテニス部よりもその熱心なテニス部を熱心に応援するみんなが怖いけど」


シャーペンを走らせながらそう呟く彼方の顔は本当にそう思っているようで、「テストより好きな人ってか」と続けて呟いている。まあそう言われてみれば私も応援する人達の方がこわいかも、と考えを改める。氷帝学園のテニス部は割と強く、全国大会にも何度か出場している所謂全国クラスというやつで、部員数も他の部活に比べて多い。とんでもなく多い。いや、部員が多いのには現テニス部部長である跡部景吾のカリスマ性というのもあるかもしれないが、そこは割愛。
そのテニス部がテスト週間だというのにまだ部活をしているのには理由がある。なにやら関東の中学校のテニス部を集めて合宿をするらしいのだ。もちろん各学校の中間テストが終わってからなのだが、体を鈍らせないため、そして合宿で有意義な時間を過ごすために、テニス部はテスト週間も休まずに部活しているというわけだ。なぜ私がテニス部の事情に詳しいのかというのも割愛させていただこう。
ガリガリとルーズリーフに、テストで出そうな要点だけを書き込んでいく。氷帝学園は私立だから通っている生徒は比較的裕福だが、私は氷帝学園に家のお金で通っているわけじゃない。だから申し訳なさだとかそういった感情から、模範的な生徒であろうと人一倍努力しているつもりである。奨学金とはまた違ったもので、相手の好意というか、わがままというか、そういったものなのだけれど、望まずに氷帝にいるわけじゃないし、氷帝に設備には感動すらしているのだから、やっぱり私はがんばらないとな、と思っている。だからテストではいつも上位に居る。私と一緒に勉強している彼方も頭がいい方で、こうして一緒に勉強のために残ることもしばしば。


「そういえば何で今日残ろうって言い出したの?」

「ちょっと待ってる人が居てさ」

「ふうん?」


そう、だから決してミーハーな気持ちで残ってるわけじゃないんだ、と図書室だから比較的静かにしているものの、きゃあきゃあ聞こえる声の持ち主達に向かって言った。もちろん心の中で。
一面だけだが、テニスコートがうまい具合に見られるこの図書室は、テニス部を応援する一部の情報通な女の子達の隠れスポットとなっていた。主に跡部のファンクラブに入っている人達。
司書さんも最初は注意していたのだが、図書室に勉強や本を目当てに来る生徒が減ったせいか、はたまた面倒になったからか、最近ではもう注意しなくなった。図書室なのに図書室じゃねえ!というツッコミは最早意味がないということだ。
まあそんな中でも私達のように勉強していたり本を読んでいたりする人も居る。うるさくても気にならない生徒がほとんどで、私達も気にならないから来ているのだが、正直なところもう少しボリュームを下げて欲しい。
とは言っても部活も終わりかけ、試合形式の練習が主なので、女の子達のテンションがMAXなのも仕方ない。はぁ、と小さく溜息を吐いた。


「てかそろそろ下校時間だね」

「あ、ほんとだ。帰る?」

「私はそうするけど…環は?」

「私は図書室前で待ち合わせだから、先に帰りなよ」

「わかった」


もう準備していたらしく、静かに立ち上がる彼方に「ばいばい」と手を振る。「ばいばーい」と手を振り返しながら帰っていく彼方の背中を見ていると、下校時間を知らせる放送が鳴る。それに合わせて司書さんが「そろそろ帰りなさーい」と声をかけている。この時間になるとテニス部も練習を止め、部室の方に引っ込んでいくので、見るものがない女の子達はそそくさと帰宅していく。今日も例外ではなく、あちこちからガタガタと椅子を引く音や足音、ドアを開ける音などが聞こえた。
私も準備しなきゃなあ、とゆっくり片づけを始める。待ち人が居るからと彼方を一人で帰らせた私はすごい薄情者に見えるけど、彼方とは帰る方向から違うので、一緒に帰ることはまずできないし、彼方はベタベタするのが嫌いで、淡泊とした関係が好きだからこれでいいのである。


「あら、そろそろ最終下校時間になるわよ、萩原さん。はやく帰りなさい」


よく図書室を利用しているからか、私の名前を知っている司書さんに適当に返事して、図書室を出る。ゆっくり片づけしすぎちゃったよ。と思ったのだが待ち人はまだ来ていないようで、図書室前の廊下は閑散としていた。
まったく、自分から用事があるから待っててくれ、なんて言い出したくせにまだ来てないのかよ、と悪態をつくが、彼が人より忙しいことは知っているので半分は冗談である。半分は。遠くでガヤガヤと聞こえてくるからテニス部はもう着替え終わったのかな。と思っていると、マナーモードにしていた携帯が震えた。ん?と思い開いてみると“今は誰も居ないから部室まで来てくれ”という短いメールだった。
めんどくさ、と思いつつもどうせ彼のことだから、立って待たせるのも悪いな、とか、はやく会いたいな、とか、そういうことを考えてだから、私は素直に従う。座りたいのは私も思ってたし。

図書室からそう遠くはないテニスコートだが、私は内履きだから結局玄関へ迂回して行かなきゃならない。最終下校時間が迫っている中、生徒は見当たらず、私の靴の音だけが響く。先ほどのメールに対して“わかった”と短く返事を打ち、送信をすると、靴の音に混じって話し声が聞こえてきた。この時間帯に居るのは間違いなくテニス部だ。佐藤くん居るかな、なんてどうでもいいことを考えながら私の下足ロッカーの列に行けば、なんということでしょう。居たのはテニス部レギュラーの一部であった。
多分、忍足くんと向日くんと宍戸くんと鳳くんと…日吉くん?だと思う。日吉くんは確か準レギュラーだけど、化けそうな何かを持ってるとかなんとか。ロッカーから靴を取り出し、履き替える。テニス部レギュラー(一部除く)の皆様が行き道を占拠している。…どうしよう。これ、話しかけなきゃだめだよね。わざわざ別の列に移動して行くと避けてるみたいだし…。一瞬悩んだ後に、「通りたいんだけど…」と控えめに声をかけた。そうしたら一部の方々に盛大に睨まれた。うわっ、態度悪っ。
テニス部が好きな女の子達には暗黙の了解というものがあって、それはテニス部レギュラーに故意に接触してはならない、というものだった。所謂抜け駆け厳禁。だから放課後に残って練習を見るのはいいけど、テニス部レギュラーに合わせて遅く帰るのは駄目、といったような。曖昧な線引きではあるが、一応守られているらしい。そしてその暗黙の了解は何故かテニス部も知っていて、たまに居る抜け駆けしちゃう子を睨むこともしばしば。つまり私、抜け駆けした子に思われてる。
鳳くんと日吉くんからは特に睨まれたりしてないけど、向日くんの睨み具合がはんぱない。忍足くんの重圧やばい。宍戸くんの苦虫を噛み潰したみたいな顔が地味に心にくる。「はは…」と苦笑いをすると、向日くんの隠しもしない「チッ」という舌打ちにイラッとくる。そして「止めえや岳人」という止める気ゼロな忍足くんの声にもイラッとする。そして退いてくれた宍戸くんと鳳くんと日吉くんに感動する。え、後輩ズはともかく宍戸くん意外にいい人…。ロン毛だけど。
そして開いた道をペコペコ頭を下げながら通ると、私は開放感からふぅ、と溜息を吐いた。校門とは違う方向にあるテニスコートに足を進める私を見て、彼らがコソコソ話をしていたことは知らない。




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