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学園長の庵の天井裏へ行くと、既に六年い組の立花先輩、そして同級生の鉢屋が居た。埃ひとつ立てぬよう二人の側へ近寄ると、立花先輩から「流石の気配の消し方だ」という矢羽音が飛んできたので「ありがとうございます」と返しておいた。


「どこまで進みました?」

「女が未来から来たという説明を終えたところだ」

「学園側は素直にそれを聞いていたんですか?」

「学園長先生がおもしろがって聞いたんだ」


はあ、と矢羽音ではなく実際に吐かれた溜息に私は「そうですか」と同じく溜息を吐いた。まったく学園長は何を考えているんだ。未来から来ただなんて狂言、聞くだけ無駄だとわかりきっているだろうに。

それにしても、と私は下を覗く。円を描くようにくるりと癖のついた髪を左右に結うという珍妙な髪に加え、これまた見たこともない着物を纏っている。なにあれ、足を覆う布とか少なっ。あんなふしだらな格好でよく歩けたなあ。いや、未来とやらではあれが普通という設定なのだろうか。だがその少ない布のお陰で足がよく見える。なんて、筋肉のない贅肉だらけの足だ。間者であったとしても遊郭から連れてこられた遊女の可能性のほうが高いな。あの足でくの一は不可能だろう。あ、なるほど。くの一は有り得ないと判断したからこそ学園長は“天女様”の狂言に付き合っているのかあ。


「澄宮」

「へ、もしかして呼んだ?」

「何度も呼んだ」

「まじか」

「まじだ」


いつの間にか隣へ来ていた鉢屋が「お前は考え事や観察をしだすと周りが見えなくなる癖がある。忍として致命的だぞ」とシナ先生に散々言われていることを言ってくれた。そりゃどーも余計なお世話ですよ。


「まお前の観察眼はプロをも凌ぐと言われているから一概に止めろとは言えないが…」

「はいはい。で、何が言いたいのさ」

「お前から見て、どう思う?」

「まず、くの一ではない。遊郭から連れてこられた遊女という線が一番、有力だと思うけど…」

「けど?」


言うのを躊躇った私に不審げな鉢屋の声がかかる。
こんな馬鹿げたことは言いたくない。でも、正直、そうとしか思えないんだ。


「澄宮、私も聞いてみたいものだな」

「立花先輩…」


「女は?」と聞くとどうやら話は終わったらしく、今は学園長による雑談、という名のかまかけをしているようだ。いや、かまかけというより、この場合、最終確認をしているのだろう。…恐らく、私の思っていることは当たりに近い。


「あれは…恐らく、精神的に参ってしまい頭がおかしくなってしまったか、本当に未来から来たか、でしょうね」

「お前、頭でも打ったのか」

「黙れ鉢屋」

「なぜそう思う?」

「……はい、まずくの一ではないと体を見れば分かりますよね?では次に仕草を見てみれば、遊女ではないと容易にわかります。くの一は一般人になりきるための訓練などもやりますので、そういった仕草は隠せるのですが、遊女は、仮に訓練をしたとしてもどうしても出てしまう癖があるんです」

「癖?」

「無意識に、媚びるんですよ。男に」

「…それは訓練でどうとでもなりそうだが」

「ならないんですよ。彼女たちにとって、それが生業ですから。体に染み付いているんです」

「…なるほど」

「まあ、仮にくの一であったとしても、未来からきただなんて突拍子も無いことを言うより、南蛮から迷い込んだとか、そっちの方が信憑性ありますし、私的には精神的にイっちゃった説を推したいですけどね」

「つーかそうだろ?混乱してるんだろ?本当に未来から来たとか言うなよ。言うなよ!」

「残念でした鉢屋くん。彼女は未来から来たと考えたほうがいいでしょう」

「お、おぞましい…!」

「あのような筋の通った設定をトチ狂った馬鹿が考えられるはずもないのだよ。ふはは!」

「くそう…、なんと小癪な!」

「馬鹿なやりとりをしている暇があったら帰るぞ」


鉢屋と無駄口を叩き合っていると立花先輩から声がかかった。
耳を澄ませば、もう下から声は聞こえていなかった。


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