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切原赤也と衝撃的な出会いを果たした安里は、あ、あの子の名前聞くの忘れちゃった。と階段を登る足を止め、しかし私は名前も知らない子から罵られたのか、と苦笑した。あは、やっぱり私が安里雪であっても――である限り、


「うおっ!」


そこで安里の思考は中断された。
聞こえた悲鳴、というよりは驚愕の声と、バサバサ、という盛大な落下音に目を向けた。

いい具合に焼けた肌。美しく刈り取られた髪。ゆでたまごのようなシルエット。そして漂う苦労人オーラ。
ただならぬ存在感を放つ少年に、安里は哀れみの心からも、話しかけずにはいられなかった。


「あ、あのー、大丈夫?」

「え?あ、あぁ。大丈夫だ。みっともないところ見せて悪かったな」


向けられたゆでたまごの顔は日本人や他の東洋の顔の作りとは微妙に違っていた。外国人かな?それにしてもさっきみたいなことにならなくてよかったあ。さっきのこととは言わずもがな切原の件である。
「大変そうだし、拾うの手伝うよ」「、ありがとな」なにやら酷く感激したようにいうゆでたまごは恐らく手伝われる側じゃなくて手伝う側なんだろうな。そう考えながら散らばったノート類を拾う。


「あ、お前もしかして転校生?」

「なになに?もう噂なの?」

「いや、すげえ金髪って聞いてたから…」

「噂って怖い…。知らない人に私の特徴が伝わってるだなんて…。んん?でも君と知り合いになれば君とは知らない人じゃなくなるから怖くない?」

「はは、そうだな。俺はジャッカル桑原、よろしくな」

「おおう…もしかしてハーフ?」

「ああ」

「すっげー!ハーフとか初めて会ったわー!あ、私は安里雪です。安い里の雪って書いてアサトススギね!」

「いい名前だな」


安里が集め終わったノートをジャッカルが然りげ無く取ってゆく。「ありがとな」と無難なお礼を残して去ろうとする彼を安里は呼び止めた。


「ジャッカル!」

「なんだ?」

「…って呼んでいい?」

「そんなこと気にすんなよ。みんな俺のことジャッカルって呼ぶからな、安里も好きに呼べばいいさ」

「じゃ、ジャッカルって私のオアシスだわ…!」


キラキラと尊敬の眼差しで彼を見つめる安里に若干引きながらも、なんとなく褒められた気分のジャッカルは照れくさそうに笑った。
「じゃあな」と去る彼を今度は引き止めなかった。代わりに「やべえ、めっちゃ普通の人でめっちゃ良い人…!」という安里の感激に満ちたひとり言が零れた。