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例えばそこに生えている花を引っこ抜いたとしよう。そうすれば私の手が汚れる。その上、もし現場を、私と花ではない第三者に見られていたとしたら、その人物がよっぽどの人外でなければ私は非難されるだろう。付け加えるならばここは学校でその花は学校が管理している言わば学校の所有物だ。そんなものの命を奪ったとすればその第三者は学校の中でも権力のある人物に分類される先生に告げ口をするだろう。そうすれば私は手が汚れるだけでなく、先生からお小言、悪ければ何らかの罰則を受けるだろう。しかし私が故意に花を生き物からただの物にしたのではなく、意図せず、環境、もしくは人為的にやってしまったのだとしたら?


「そんなところ、かな」

「はぁ?意味わかんないっすけど、頭とか大丈夫っすか?」


心底煩わしそうに金髪の少女に視線を向ける癖の酷い髪の少年。険悪な雰囲気が辺りを漂っているが、彼らは数分前に出会ったばかりだ。出会ったというよりは、衝突した、という事故があっただけなのだが。
金髪の少女は安里雪。転校してきたばかりだからこのような出会い頭に険悪な雰囲気になるような相手は居ないはずなのだが、何故かなっており若干戸惑っている。ちなみに癖毛の少年はテニス部(自称)期待のエース、及び(自称)レギュラーの切原赤也なのだが、この事件の中で彼女は彼の名前を知ることはない。
そして安里は向けられるあからさまな嫌悪の視線に、冒頭の例えを思いついたのだ。平たく言ってしまえば、彼女は自分からぶつかったのではなく、どちらかと言えば癖毛の彼の方からぶつかってきたのだが、安里が状況を理解するよりも先に彼のほうがわけのわからない暴言を吐いてきたのだ。私は悪くない、非難される覚えもないぞ、と安里は思った。


「きもちわる」

「それ出会い頭にも言ったよね!?なに、君は私に恨みでもあるの!?」

「アンタと知り合ったのはついさっきっすよ。でも、一目見て俺はビビっときましたよ。俺、アンタのこと嫌いっす」

「なるほど、一目惚れの反対というやつか…ふふ、私が強すぎる余りに弱者の君は怖気付いてしまったのだね!」

「は、何言ってんすかアンタ。強いとか笑わせないでくださいよ。強者っていうのは俺達、常勝立海大テニス部レギュラーの俺とか、刃音先輩とかのことを言うんすよ?」


フン、と鼻を鳴らし、どこか誇らしげに言う切原を逆にフン、と笑いたくなったが安里は抑えた。なにがテニス部だ、なにが刃音先輩だ。私が言っているのはスポーツの強さでもないし殺しの技術の高さでもなければ物理的な強さでもない、心の強さなのだよ。と心で冷静を装いつつも「あ、やべ。きみ一般人だったね…挑発して戦って和解なんて展開に持ち込んじゃいけないのか」と口では本音が駄々漏れである。安里の言う強さとは心の強さでもなんでもなく、ただ単に力の強さの話であった。もちろん、安里は自分の力を過信してはいないから、よくある誇張表現による挑発だったのだが、それはこの場合どうでもいい。


「……めんごめんご!今の私の失言は忘れてくれたまえ!」

「柳生先輩を思い出すんでたまえとか言わないでくれませんか?つーか柳生先輩の真似してんじゃねーよ、胸糞悪ぃ」

「え、今のご時世に真面目に語尾にたまえとか付けてる子居るの?」

「テメー、馬鹿にすんのかよ!」

「いやいや今の馬鹿にして無くね?純粋な疑問だったよね!?君どんだけ私嫌いなの!?」

「っるせえ!」


バン!と一般的な中学生が出すにしては大きい音が壁からした。あんな大きな音が出る強さで叩いたら壁、割れね?と切原の手よりも壁の心配をする辺り、安里らしいといえる。


「何から何まで気に入らねえ!」

「いやだから私達さっき出会ったばっか、」

「その声も!パツキンも!顔も!仕草も!空気も!ぜんっっぶ気持ち悪ぃんだよ!なんでアンタ生きてんの?なんでここに居んの?」

「つーかさ、君、なんでそんなに私を嫌うわけ?名前も知らないでしょ?一目惚れの反対っていうのは理解できるけど、それを私に伝えて精神的ダメージを食らわせる意味とかなくね?」

「………絶対に、」

「絶対に?」

「アンタは俺達にとって、いい存在なんかじゃねえ」

「…いや、そんなことを君に断言されても…気のせいか何かじゃね?」

「……黙れよ。アンタ、潰すよ?」


そう言い去っていく切原の背中を見つめながら、…だから?と安里が思ってしまったことは秘密だ。