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2年B組に転校生が来たと聞いて柳蓮二は、はやくデータを取りに行かねばな、と思案していた。
データを主とする彼のプレイスタイルにおいてデータというものは命と同等と言っても過言ではないと言えるのだが、テニスと関係ないデータは何の必要になるのだろうか。


「転校生が来たんだってね?」

「精市か」

「どんな人なのかな」

「安里雪、ユーモアセンスは高いようでクラスメイトのツッコミに厳しい評価をしている。頭巾という名の友人が居る模様」

「へえ、そこまでわかったの」

「ここまでしか、わかっていないんだ。しかし実に興味深い」

「じゃあ昼休みにでも会いに行ってみる?」

「そうだな。刃音は弦一郎に任せることにしよう」

「うん、刃音と弦一郎が来たら話が進まなくなっちゃう」









「ってわけで安里さんに会いに来たんだ」

「ほう、どういうことだかさっぱりだな!」


いちごジャムパンを口に頬張りながら安里は言った。「行儀悪いよ雪ちゃん」と、もう馴染んだのか、クラスの女子に注意されている。その光景を見て、刃音と弦一郎を連れてこなくて正解だった、と柳は思った。連れてきていたら転校生の行儀の悪さにぶち切れていただろう。


「あれ、幸村くんたちなんで居んの?」

「丸井くん、それ私が今聞いてたところなんだけど」

「まじかよ」


机の上に散乱しているいちごジャムパンやクリームパンや大量のパンのみみなどを机の隅に綺麗に並べる。均等に並べている辺り、案外几帳面なのかもしれない、と柳はノートに書き込んだ。


「あ、もしかして安里のデータを取りに来たってやつ?」

「そんなところだな」

「え、なになに、事情聴取的な?」

「はは、安里さんおもしろいね」


にっこり笑う幸村に安里はうわなにこいつ薄ら笑いしてるよきもちわるっ、と思っていたのだが口には出さなかった。安里はこれでも常識はわきまえていると自称しているからである。


「えーっと、自己紹介すればいいのかな?安里雪、13歳。こんにゃくゼリーを喉につまらせたことがあって若干トラウマ。誕生日は8月15日の終戦記念日。趣味は……うーん、体を動かすこと?好きなものはパンのみみ、嫌いなものは穴の開いた物」


ベラベラと饒舌に並べられる安里の情報を聞き逃さずノートに書き込む柳を見て幸村が、流石ストーカー気質と思っていたのを丸井が感じ取っていたのは本人たち以外誰も知らないであろう。
「穴の開いたものが嫌いとか言ってる割にピアス空けてんじゃん」と安里の耳を見ながら呟く丸井に「気にすんな。これすっごい塞ぎたいんだけど怖くて取れないんだよ」と少し青ざめた顔で安里は言っていた。


「ふむ、なるほど。ちなみに見事な金髪だが、どうやって染めているんだ?」

「どうって…普通にドラストとかで売ってる染めるやつでガーッと」

「へえ、自分で染めてるから髪の毛痛んでるんだ」

「ニコニコ笑いながら毒を吐く君やべえな怖いよ」

「君じゃなくて幸村ね。幸村精市」

「自己紹介をしていなかったな。俺は柳蓮二だ」

「しくよろー、幸村、柳」

「俺は丸井ブン太な」

「お前は知ってる」


「だろーな」と笑う丸井に「今日出会ったにしては仲が良いんだな」と柳が問いかけると、「鈴木くんと話してたら丸井が割り込んできてなんか話してこうなった」と安里は笑った。
なんとでもないように言う安里に幸村は何を思ったか、常識の範囲外であろう近さまで顔を近付け、「安里さんってまつげ長いんだね」と女生徒が影で囁いている所謂“天使笑顔”をした。ちなみに読み方はエンジェルスマイルである。
それに対しての安里の反応に、丸井も柳も注目していた。顔面偏差値が異常に高いと言われるテニス部に所属している三人は、その中でも割りと女生徒に告白を多く受ける立場であった。その為か、こんな風に少しも動じない彼女が気持ち悪かったのだ。
まずイケメンだろうが普通だろうがよっぽどのブスじゃなければ、異性にそういうことをされれば意識せざるを得ないだろう。現にテニス部においてマネージャーであり、ちやほやされている彼らをそういう目で見ず、内面を見てくれるという彼女ですら、顔を近付けたり手を握ったりすると赤面し、黙ってしまうのだ。
柳は安里の態度が自分たちの気を引こうとしているが故の演技かどうか見分けようとしていた。


「ちょ、幸村、近い!きもい!」

「え、うん、」

「顔近付けられると嫌なこと思い出すから止めて!うおおお吐きそう…」


そう青ざめた顔で胸の辺りをさする安里には何かトラウマがあるのかもしれない、と柳はノートに書き込んだ。こんにゃくゼリーを喉につまらせたというトラウマに付け加えて妙なトラウマばかりだな、と苦笑した。
すると呆然としていた丸井と幸村は顔を見合わせ、未だに青い安里を見つめ、幸村は「ぶ、ふははっ、はははっ!」と爆笑し始めた。丸井は爆笑し始めた幸村に、また呆然となる。


「ひぃっ、安里さん、おもしろっ…!」

「私的には急に爆笑しだした幸村くんの方がおもしろいんだけど…オェッ」

「ぶふっ、はははははっ!ちょ、やめて!俺を見て吐きそうになってるみたいじゃんっ!」

「あながち間違っちゃいないぜ……てか、さん付けなくていいから。安里でいいよ」

「じゃあ安里って呼んであげるよ。ぶふっ」

「笑ってんじゃねーよ幸村。こんにゃくゼリー突っ込むぞ」

「ひぃはははははっ!れんじっ!こんにゃくゼリー!突っ込むんだって!はははっ!」


机をバンバン叩き、お腹を抑えながら笑う幸村にクラスメイトが興味津々に見る。だが、そんなことはお構いなしに幸村は笑い続ける。


「俺、幸村くんがこんなに爆笑してるの初めて見た」

「………」

「柳?」

「話しかけないでくれ」

「は?」

「気を抜いたら、俺もああなる」


そう言って柳が指さした先には爆笑する幸村。と、笑いが伝染して幸村を見ながら爆笑する安里が居た。


「ああっって…え?」

「ふ、は、ははははっ!…おもしろくもないのに…!笑ってしまうとは、ひ、あ、安里…恐るべしッ、はははははっ!」

「え、え、えー…」