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パタン、と雪は携帯を閉じた。目の前にあるテニスコートでは部員たちが黄色の小さなボールを懸命に追いかけ、相手へ鋭く返している姿がちらほらと伺えた。―――きた。雪のお目当ての人物は部室から真っ白のタオルを山積みにして出てきた。素早く雪はテニスコートの中へ入った。ギィ、と扉の開く音。無断でコート内に入っていく雪。


「……安里?どうしたんだい、こんなところで。誰かに用でもあった?」


そんな雪に最初に気付いたのは、入口付近で順番待ちをしていた幸村であった。無言で入ってくる雪に幸村は違和感を感じつつも、にこやかに話しかける。……だが、雪はそれに答えず、幸村の横を過ぎ去る。「ちょ、ちょっと、安里!」様子の可笑しい雪に、幸村は思わず声を上げた。その幸村の声に周りも漸く雪が入ってきたことに気付き、手を止める。どうしたんだ?と柳が幸村に視線を投げかけたが、幸村も首を傾げるほかなかった。


「……柏木さん、ちょっと来てくれないかな?」


重苦しい雰囲気を携えていた雪が口を開いた。だが、その声はいつもよりワントーン低く、耐性のない者に恐怖を与える。


「…何故、貴様などに付き合わねばならぬ」


雪の誘いを、刃音は鼻で笑いながら蹴った。零崎特有の殺気を纏ってはいるものの、雪の持てる全てを持って抑えているからか、多少耐性のあるレギュラー陣はビクともしなかった。


「……勝手に入ってきて付いて来いとか、横暴じゃねえの?帰れよ!」


刃音が雪の誘いを断ったからか、赤也が野次を飛ばす。その一瞬のことであった。ゾワリ、と嫌な感覚が赤也を襲う。なんとか悲鳴は堪えたものの、不快感は拭えない。いまの、なんだ…?認めたくない恐怖感に襲われる赤也。だが、それも一瞬のことであったから、誰にも分からない。雪本人ですらも無意識のことであったから、刃音も部員も雪も、赤也の味わった恐怖感を知ることはなかった。妙な沈黙に支配された空間。刃音を含めた周りが首を傾げようとしたとき、雪は口を開いた。


「柏木さんのお兄さんが殺されたって話についてだよ」


そう、雪は笑った。