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それはまた、回想から入る。

学生が勉学に励む平日のある日、彼女は京都に居た。余談だがそれは彼女が刃音に宣戦布告をされる数日前のことで、奇しくも刃音の兄らが殺されるほんの一日前のことであった。ヒューストンへ逃げるというメールをもらってすぐに陽織は人識に直接物申すために京都へ来た。そう、彼女は人識に会うために京都に来たのだ。


「……えっと」

「……うわあ…そっくり…」


だから人識くんのそっくりさんに会いに来たんじゃない!新幹線から降りた陽織はまず、病院の近くを彷徨くことにした。何故かはわからないが、陽織の人識くんレーダーがその辺りを示していたからだ。百発百中というわけではないが、割と当たるその直感を陽織は地味に頼りにしている。陽織はその直感に身を任せ、病院の中庭の方へこっそり入っていった。不法侵入じゃないからな…と受付も済ませていないのに中庭へ侵入している人の言い分とは思えないことを思いながら陽織は中庭を見渡す。そして、死んだ目をした青年と目が合い、冒頭へ戻る。


「人識くんにそっくりなおにーさん、ちょっと聞いてもいい?」

「……ええー…、…ちょっとだけならいいよ」

「人識くんって知ってる?」

「知らない」

「即答!?」

「……あんな奴知るわけないだろ。あんな奴…」


死んだ目ながらも疲れた様子の彼に陽織はこれ確実に知ってるじゃねーか!と心の中で突っ込みをいれつつ、人識と有り得ないほどに似ていて似ていない彼を問い詰めることにした。


「私ちょっと人識くんをぶん殴りたいんだわー。ヒューストンにトンズラされる前に!だから居場所知りません?」

「なんだ、そういうこと。それだったら人識くんは知っているけど居場所なら本当に知らないよ。結果的にだけどヒューストンに進めたのは僕なんだけどね」

「まじっすか」

「まじだよ。まあ零崎と別れたのはそんなに前じゃないからまだ日本には居るんじゃないのかな?」

「……あれ、おにーさんってば零崎って知ってるの?」

「君のその問の意図がわからないけれど、そうだなあ…その筋の人にとっては零崎みたいだって言われるのはとても屈辱的なことらしいってことは知ってるかな」

「なるほどなるほどー…おにーさんって裏の人には見えないけど少なからず関わってるっぽいっすね…」

「で、今更だけど君は誰?」

「零崎陽織ちゃんでっす!人識のくんの妹のつもりですぅ」

「……じゃあ、あいつがここで何をしでかしたかも知ってる?」

「逆におにーさんも知ってるのかよ!もうおにーさんを普通の人とは思わないぞ」

「……オッケー。だったら一つ頼むよ、僕はまだ死にたくない」


目の前で目に痛い金髪を揺らしながら笑う女の子が零崎の妹だって?にわかには信じられない衝撃の事実に青年はとりあえず、殺されないようにお願いをしておいた。妹まで殺人鬼とは限らないけど、殺人鬼じゃないという確証もない。哀川さんに情報を流した僕を殺しに来たのかもしれないしね。青年は警戒心を高めた。それにしても零崎に似てないな。共通点といったら髪の毛の色が薄いぐらいしかないじゃないか。


「いやいや、おにーさん失礼ですね!確かに私は殺人鬼ですけど、人識くんみたいに見境なく殺したりなんかしませんし!」

「…!?」

「何その“心が読まれた!?”みたいな顔!全部声に出てんだよ!」

「という戯言でした」

「ひでえオチだ!」


漫才のようなやり取りの後に陽織は肩で息をしながら「それに人識くんとの共通点とかいっぱいありますしぃ」と拗ねたように言った。


「…ええー…」

「まず髪でしょ?次に、ほら、耳、えげつないピアスだろ?あとは人識くんにもらったナイフ」

「…なんか…いまいちパッとしないね」

「てっめ…!じゃあとっておきのをみせてあげよう…」


冷たく言った青年に憤慨した様子の陽織は、その荒れてない頬へ手を伸ばす。何をするんだ?と青年が不思議に思っていると、陽織の頬はバリバリと音を立てて剥がれ落ちた。「…っ」その光景に青年は息を呑むが、その剥がれた頬の下から出てきた禍々しい刺青に驚愕した。


「…ルパン三世か!」

「突っ込みどころが違う!」


人識と同じ刺青は対局の位置にあり、あどけなさの残る陽織の顔には非常に不釣り合いであった。「……刺青があいつと一緒っていうのはわかった。君はあいつの妹だ。それより、その刺青を隠していた膜について詳しく」青年の興味は既に陽織から陽織の刺青を隠していた膜へと移っていた。


「これは私のお友達の下僕みたいな人に作ってもらった人工皮膚なのです!」

「……僕はそっちの方には詳しくないんだけど、人工皮膚にしてはやけに色が濃くないかい?」

「そこは私も企業秘密で教えてもらえなかったんですけどー、人工皮膚っていうよりはシールとかそういうものに近いものらしいです。私の顔の色とほぼ同色のシールみたいな」

「なるほど、わからん」


あっけらかんと言う青年に陽織は溜息をつき、「話が大分逸れたけど、おにーさんは人識くんの場所は知らないんですね」と言った。


「まあ、そういうことになるかな」

「そうっすか…じゃあ私、行きますわ…。あ、そういえばおにーさんの名前は?」

「あぁ…僕は人に名前を教えないんだ。知った人はみんな死んじゃうからね」

「なにそれこわい。じゃあ人識くんはおにーさんのことなんて呼んでたの?」

「うーん。欠陥製品とか欠落とか。いやいや、これは参考にならないな。そうだな、“い”に関係ある呼び方かな。いーくんとかいー兄とかいーたんとかいの字とか」

「じゃあおにーさんで」

「まさかのそのまま!?」

「という戯言でした!」

「台詞を取られただと…」