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「安里」

「あ、幸村じゃないか」

「修学旅行、どうなった?」


多くの学生が登校してくる時間、朝練後らしい幸村に廊下で呼び止められた雪。出会い頭にそう聞いてくる幸村に雪は首を傾げる。ニコニコと無駄に笑顔というところが余計に雪の不信感を煽る。


「私の親愛なるお友達に頼んでみたら行けることになりましたわよ。ほっほー!」

「へぇ、そうなんだ」


上機嫌で答える雪と尚もニコニコと笑顔の絶えない幸村。てめぇ絶対何か企んでるだろと、何かあんの?と喧嘩腰に言おうとしたそのとき、被せるように「安里に幸村じゃないか」と柳が話しかけた。雪の顔が引き攣ったのにはまだ誰も気付いていない。


「そういえば、修学旅行はどうなったんだ?」

「幸村にも言ったけど行くぜ、私」


そう雪が言うと、幸村に並んでニヤリ、と口角を釣り上げた柳。こ、こいつら、まさかグル…!?雪は軽い恐怖を覚えた。「そ、それがどうかしたのかっ…!」気持ち悪いほどの笑みの二人は顔を見合わせ、頷いた。アイコンタクトとかふざけんなよ!


「朝のニュースは見たか?」

「朝のニュース…?」

「京都の通り魔事件だ」

「……見たような、見てないような…」

「はは、安里は馬鹿だなあ」


前触れもなく貶された雪はそう発言した幸村に「し、心外だ!」と憤慨したが、幸村は華麗にスルーし、雪に向かって今まで以上の笑顔を見せた。所謂“天使笑顔”である。言わずもがな、周りに居た女子生徒達の頬は赤く染まる。


「修学旅行、きっと延期になるよ」

「……えっ?」

「考えてもみなよ、短期間の間に三人も殺されてるんだよ?しかも犯人の足取りは未だ掴めず。そんな場所に行けるわけ無いだろ?」

「はあああああ!?ちょっとすすぎちゃん意味分かんないです!」

「努力が無駄になったな、安里」

「ふ、二人は修学旅行が延期になって嫌じゃないの!?」

「別に…来年行けるだろうからどうでもいいや」

「俺も行けるならなんでもいいな。リスクを犯してまで行きたいわけではない」

「殺人鬼の一人や二人居たって平気だろ!?」


それはお前が殺人鬼だからだ、という突っ込みは入らなかった。当然である。くっそおおおおお誰だよ京都で通り魔なんかやってる奴!零崎か?零崎か!?と、自分の家賊を思い浮かべる。レンは…無差別じゃない。トキ…も、もっとバレないようにやる。アス兄ちゃんに至ってはロリコンだし…。そこまで考えて雪の頭の中にいつしかのメールが思い出される。


「ひ、人識くんかよあんにゃろおおおおおおお!」


うんうん唸っていた雪が突然叫びだしたことに幸村と柳は驚愕するが、すぐに表情を戻す。「うっ、こんなんだったらあのとき北海道に行けって言うんだった…うっ…ぐすっ…」「うっわ、安里が不細工な顔で泣き真似してる」「安里は嘘泣きがびっくりするぐらいに下手くそ、と」絶望に暮れている雪に対して言いたい放題の二人である。「安里、下手くそな嘘泣きはその辺にして教室に行った方がいい。あと5分でチャイムが鳴るぞ」そして柳が追い打ちをかけた。


「くっそ…お前ら覚えてろよ…!」


どこぞの三流の悪役のような台詞を吐いて「顔面刺繍白髪野郎の馬鹿野郎ー!」と叫びながら雪は自分の教室へと走って行った。なんだその禍々しい奴は、と幸村と柳は思ったが二人が口に出すことはなかった。


「顔面刺繍、白髪野郎…?」

「刃音!いつからそこにいたんだい?」


しかし、数分前からそこに居た刃音はそれを口に出していた。突然の登場に幸村と柳は問いかけるが、考え込んでいる刃音は答えなかった。いつも冷静な刃音が酷く狼狽えている姿に二人は顔を合わせる。雪の言った顔面刺繍白髪野郎が刃音にどのような衝撃を与えたのか、二人は測れないでいる。そんな二人を気にもせず、刃音はただただ考えこむ。


「ま、さか」

「…刃音、どうしたのさ」

「!…精市に蓮二、まだ居たのか」

「俺達に気付かないなんて、らしくないな」

「あ、あぁ…少し、な」

「ふうん?ま、いいや。遅れるといけないし、刃音も教室に行きなよ」

「そうさせてもらう」


未だぎこちないが、いつものペースに戻りつつある刃音に笑顔で幸村はそう言った。綺麗にまとめられた髪を揺らし、刃音は廊下を歩く。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合という言葉があるが、姿勢良く歩く姿はまさにその通りであった。―――まさか、こんなところで会えるとは。焦りの間に狂喜をちらつかせ、刃音は胸を高鳴らせた。雪の何気ない悪態が全ての始まりであったということを知るのは、まだ先の話である。