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しかし闇口であったからといって見られたことを容認するわけにはいかない。「じゃあ闇口くん、さっき見たことは忘れてもらおうか」「いや、無理っすから」即答かよ!陽織は心の中で盛大に舌打ちをした。


「私が零崎っていうのは見ての通りだけど、零崎の中でも私って知名度がかなり低いんだ。わかる?」

「……俺、零崎陽織って聞き覚えありますけど」

「なんだってー!?」

「《少女趣味》に並ぶほどの菜食主義者、《安閑地帯》……姿を見る人が少ないからどんな人かは知られてないっすけど…」

「…あー、そういえばレンにそんな話を聞いたことがあるような無いような」

「だから俺も名前だけは知ってたというか…」


菜食主義者で平和主義者で自称常識人と噂の《安閑地帯》であれば俺をすぐに殺さなかったのにも頷ける。しかしこの派手な髪色に明らかに何かを隠している風の頬では常識人という方はうそ臭い。


「で、闇口くん」

「……稜威っす」

「え?」

「だから、名前。闇口くん、だと気持ち悪いんで名前の方で」

「あぁ、そういうこと…りょういくんねえ…」

「で、何すか?」

「そうそう、私の知名度は低いわけ。名前だけが出歩いているみたいだけど、そこは顔さえ一致しなきゃ目立たないからどうでもいいの。私ね、表世界に家族が居るから目立つ訳にはいかないの。おわかり?私の家賊との約束でね、“信用出来ない奴には零崎陽織だと知られてはいけない”っていうのがあるわけ。これを破ったら表世界に居ることが難しいんだな、これが」

「つまり、俺は信用するに足らない、と」

「んま、そういうことっすね!」


にっこり笑って言う陽織に稜威は不満を覚える。それが信用出来ないということに対してなのか、それとも暗に関係を断ちたいと言われているからなのか―――どちらにせよ、稜威にとって気に入らないことなのは明確であった。


「誰にも言いませんよ、俺」

「そうは言ってもね、私は君のことを知らないし、第一闇口だ。君には既に主が居るかもしれない。そうなるとその主に一言命令されれば君は言わざるを得なくなる」

「俺に主は居ない」

「口ではどうとでも言えるさ」

「居ないって!」

「……どうしてそこまで必死になるのさ。ちょっと私に身を任せてポンっと記憶を飛ばすだけなのに…」

「そんなの!……っ、」


段々とムキになっていった稜威だが、それも陽織の一言で萎んでいく。どうして?そんなのわかるわけないだろ!稜威自身にもわからない何かが彼を動かす。


「……俺、闇口の方では天才とか言われてて、」

「…うん?」


いきなり何かを語り出した稜威に陽織は疑問を感じる。おいおい、なんかいきなり饒舌になってねえ!?ツッコミを入れたいところだったが、天才という言葉に興味を持った陽織は黙って稜威の言葉を聞くことにした。


「生まれた頃から闇口として鍛えられて、普通の闇口の奴らが15ぐらいでやっと主の役に立てるって言われるのに対して、俺は5歳でもう大丈夫だって。主さえ居れば100%の力を発揮できるって」

「5歳、って…それはあまりにも異常すぎない?」

「俺の親父が…闇口なんすけど、その俺の親父は闇口でも落ちこぼれって言われてて、」

「うっわ、君とは正反対なのね…」

「それが、そうでもなくて、主が見つかった途端に他の闇口をも凌駕するような力が出て…」

「…なるほど、本当に典型的な闇口ってわけだ?」

「…だからその息子の俺も、主が見つかった時の能力の上がり具合を想像するに十分だろう、寧ろ今他と変わりなく能力を身につけたのだから、これはとても良い闇口になるだろうって」

「それで天才、か」

「でも、俺、主とかよくわからないんっすよ」

「わからない?」

「島の闇口は本能で分かるものだって言うし、親父はどうしても守りたいって思える人だって言うけど、どっちにも当てはまる人なんて現れる気がしないし」


思いつめたように言葉を切る稜威に陽織は数秒「うーん」と悩んだ後に「それでよくね?」と言った。言われた稜威はぽかんとするし、ぽかんとされた陽織もぽかんとする。「…わかってんの?今のままじゃ俺、弱いままなんすけど」少し苛ついたような口調の稜威。記憶を飛ばすとかっていう話しから随分飛躍しやがったなこの野郎、と思いつつも陽織は口を開く。


「主って一生付き添うものでしょ?そんなもの簡単に見つかってどーすんの」

「……だけど、」

「だけどもクソもあるか!私も弱いから、本当は強くなっていざってときみんなを助けられるぐらいにはなりたい。だけど、違うんだよ」

「違う?」

「私はね、多分、守られながら戦うことが、一番みんなの役に立てるタイプなの」

「…意味分かんないんすけど」

「足手まといにならないタイプ?まあ、人それぞれに似合った強さがあるんだよ!君がどういうタイプなのかは知らないけど、そういう道を探すって手もあるんじゃない?」

「……」

「例えば、そうだなあ…君は自分で“俺は主を影から守るんだ!”とか思ってたけど、それよりも“俺は主の側にずっと居たいんだ!”っていう方が合ってるのかもしれないじゃん?守るために強くなるんじゃなくて、側に居るために強くなる、みたいな」

「……」

「だからさ、そういう視点で探したら、さっきまで“こんなヤツが主とかマジ無えわ…”とか思ってた相手でも、“守りたい!”って思えるようになっているかもよ?」


自慢げに言い切った陽織を稜威は朧気に見つめる。守られながら戦うと、はっきり彼女はそう言った。馬鹿じゃないの、とか、嘲笑する気持ちなどはまったく湧いてこず、ただただ陽織を見つめた。陽織の言葉は稜威の中にするりと入っていく。守るために強くなるんじゃない、側に居るために強くなる。きっと主を守るなんてそんなだるいことは出来ないなんて思っていた自分がガラガラ崩れていくようだった。

もしかしたら、俺はこの人に会うために生きてきたのかもしれない。……そう思うと同時に、彼は口を開いていた。