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「……うわ、私ってば小学生に付けられてたのか…!」


そんな声を聞いて、少年は意識を失った。




修学旅行に割り込むには友ちゃんに頼み込むしかねえ!そう意気込み、東京の方へ足を進めた雪。生憎思い立った日には雪の母や妹の暖が居たため、外に行くしかなかったのだ。何故近場の人気のない場所ではなく東京なのかというとただ単に雪が遠出したかったからである。「あっ、もっしもーし…」数回のコール音の後に出たのは友。世界中に影響力を持ち、日本における数少ない財閥家系の一つであり、その最上モデルでもある玖渚の直系血族の令嬢である。しばらく絶縁状態にあった彼女だが、彼女の兄の機関長就任を機に復縁したという話がある。だがそれはまた別の話である。


『うにっ!はるちゃん!?はるはるちゃーん!?すっごい久しぶりなんだね!2,072,467秒ぶりー!え?細かいのはワザとだよー。じょーくじょーく。……んー、立海ね、はるちゃんが居なくなってから僕様ちゃんそっこーで調べちったから知ってるよん!すごい?ねえすごい?ふふん、もっと褒めたまえ!うにうに、そういえばそんなことが書いてあったね…修学旅行といえば学生の醍醐味!はるちゃんがどこぞの輩に夜這いされてあはんうふんな展開になりそうになってぶっ殺ーす!こんな展開を望んで…そうなんだよ!行かねば損なんだね!うに!……あーあー、…まっかせーなさーい!僕様ちゃんにできないことなんかないんだね!あったとしてもはるちゃんの為にたとえ火の中水の中草の中森の中土の中雲の中あの子のスカートの中!やってみせるんだね!うん?……あれれー?はるちゃんまたやっちゃったの?まったくもう。二人?えぇー。一ヶ月一人じゃなかったかい?ほれほれー?早漏れなのかいはるちゃ』


ブチッ、と陽織は勢い良く終了ボタンを押した。電話の向こうはハイテンションであった。時折ギィギィと椅子の鳴る音がするところから椅子をぐるぐる回しているのだろう。通話終了の画面を見ながら陽織は遠く離れた地の彼女へ向かって、回しすぎてゲロるなよ…、と念を飛ばした。もちろん届くことはない。そして、陽織は煩わしげに髪をはらい、一歩踏み出した。そこで陽織の足に意図せず頭がぶつかった。息をしていない無機物と成り果てたその頭の側には多量の血が溢れており小さな血だまりとなっていた。うげ、汚れちゃったよ…。これだから無意識に零崎やっちゃうと厄介なんだよなあ。と一部口から漏れていたものの、陽織は心の中でそっとそう呟いた。どこか公園で洗い流すか、と思い彼女は歩き出した。ここまで来る間の太陽の光が心地よかったな、と思いつつ辺りを注意深く見渡す。


「……いま誰か居たような、」


薄暗い路地から出たところで陽織は僅かな気配を感じとるが、陽織は気配を読むことが苦手なので、いくら感覚を研ぎ澄ませても、すでに気配は感じられず、仕方なくそのまま歩き出した。この時陽織を付けていた少年は陽織が気配を感じ取ったことに気付いてはいない。血が付いたまま歩くとかなんて無用心な奴だ、と嘲笑こそはしたが、陽織が、一度少年の方を向いたことなど、気付いていない。





「…ふんふんふーん。ふふーんふーん」


―――ヘッタクソな鼻歌…。少年はそのヘッタクソな鼻歌で目が覚めた。顔にかけられていた自身の白い帽子をゆっくりと取り、体を起こす。どうやら公園のベンチに寝かされていたようだ。そこで彼は気付いた。あれ、なんで零崎に尾行したのがバレたのに殺されてないんだと。彼の中での零崎の認識は仇なす者は皆殺し、少しでも敵対行動を見せれば殺されるものだと思っていたからだ。零崎にとって人を殺すのは息をするのに等しいことなのだから―――。と、彼の認識はあながち間違ってはいないのだが、零崎は零崎でも彼が付けた零崎は菜食主義者で有名な零崎曲識と同じく菜食主義者で自称ではあるが常識人の陽織である。ましてや少年は悪意を持って付けたわけではない。陽織は穏便に済ませるつもりだった。


「おっ、目が覚めたの?いやあ、びっくりしたよー!公園に来たら君が倒れてるんだもん!びっくりびっくり!」


白々しい、と彼は陽織を睨んだ。水で濡れたローファーを見る辺り血は洗い流したらしい。何を今更事実を捻じ曲げようと…。大袈裟に語る陽織を制して彼は言った。


「なんで殺さなかったわけ?」

「…えっ?」

「俺はアンタが殺してるところを見た。そして後を付けた。……なのになんで殺さないわけ?零崎でしょ、アンタ」

「えっ、えっ、お、覚えてるの!?」


記憶飛ばす勢いで殴ったはずなのにー!と慌てふためく陽織に少年は目を丸くする。確かに頭は痛いけどまさかそんな荒療治で済まそうとしていたのかよ…。下手したら死んでるじゃん。あれ、でも殺してないだけ優しいってこと?「しかも零崎って…君、裏世界の子なわけ?」おぞましい、とでも言いたげな陽織を観察するように彼は見た後に口を開いた。


「…闇口」

「…や、闇口ぃ?」

「…っす」


また大袈裟にリアクションをとる陽織を見る。不思議と、彼の中に最初あった嘲笑したくなる気持ちはなかった。