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「かはは!そりゃあ傑作だな!」


少女がが話し終えると少年は腹を抱えて爆笑した。心底おもしろいとでもいうように、心底傑作だとでも言いたげに。その少年の反応に少女はムッとした表情で「笑いすぎっしょ」と咎め気味に言った。「悪ぃ悪ぃ」と笑いながら謝る少年の言葉に謝罪の念はまったくなかった。


「で、そのあとお前はどうしたんだよ?」

「どうも何も、あぁそうですか、って言っただけだよ。ゼロザキってナンデスカー?って感じの表情で」

「ゼロザキってナンデスカー?……ぶふっ、それ最高」

「まあおもしろかったけどね、そのときの柏木さんのポカンとした表情は」

「やだあ、陽織ちゃん性格悪ぅ」

「人識お兄さまには負けますわー!おほほほー!」


少年と少女は―――人識と陽織はそう笑った。斑模様の白髪と、痛みまくった金髪を揺らして、二人は談笑していた。―――まるで零崎のようだ、という柏木刃音の言葉に、雪は盛大にとぼけて見せたが、彼女はあの時、言葉の意味をちゃんと理解していた。この世で最も敵に回すことを忌避される醜悪な軍隊にして、この世で最も味方に回すことを忌避される最悪な軍隊、零崎一賊のようだと、刃音に言われたと、彼女は理解していた。だが、表世界に暮らしている者であれば知ることのない零崎一賊という存在を口にした時点で、刃音は表世界から省かれていた。雪は零崎として表世界に遊びに来たわけではない。雪は表世界に安里雪として過ごしにきたのだ。だから安里雪は零崎を知らない。零崎に関わってはいけない。だから雪は知らないふりをした。例え刃音が裏世界の人間であったとしても、零崎の敵でない限り雪は自ら零崎であるということはこの先無いだろう。


「にしても柏木刃音って奴、殺し名か何かか?」

「さあ。ただ場慣れはしてないなって感じだったなあ。血の匂いもしなかったし」

「なーるほど、じゃあ殺し名だったとしたら無名の匂宮の分家ってところか」

「まさかの呪い名という方向も…」

「……いや、そりゃあまさかすぎるだろ」


「陽織ちゃんウケるー!」とお前はどこの女子高生だとつっこみたくなるような笑い方で人識は笑った。彼が雪のことを陽織、と呼んでいるように、彼女は零崎一賊に属する零崎陽織である。《安閑地帯―カタルシスワールド》という二つ名だけが独り歩きしている自由奔放な菜食主義の殺人鬼、それが零崎陽織だ。呼吸をするように人を殺す零崎一賊において、一ヶ月に一人しか殺さないという陽織のスタンスは非常に珍しく、また非常に注目されていた。まあ一ヶ月に一人と決めてはいるものの、大抵の場合は5人は確実に殺してしまうのだが、そこはご愛嬌ということにしておこう。


「まあ、柏木さんが裏世界の人ってことは確実だろうなあ」

「なんで?」

「柏木さんと仲の良さげな人が、理由もなく私を嫌ってるっていうか?」

「ふうん…陽織が、嫌いねえ…」

「…まだ確証はないけどね」

「まあ、どうでもいいけど」


心底どうでもよさげに呟く人識を横目で見て、陽織は静かに安堵した。人識くんが変な気を起こさなくてよかった、と。だが、そんな安心している陽織の隣に座っている人識は、陽織が思うところの変な気こそ起こしてないものの、また別の意味で変な気ならば起こしていた。ギシ、とソファを沈ませ、人識はゆっくりと、陽織の首に手をかけた。突然のことに反応しきれなかった陽織は驚きに目を丸くする。そんな陽織の首を押さえながら、勢いよく陽織を押し倒す人識。「っ、」苦しそうな声が、陽織の喉から漏れた。陽織の首に手をかけたまま馬乗りになった人識は、陽織の耳元でそっと、こう言った。


「お前が嫌われるのはどうでもいいけどよ。―――俺以外の奴に傷つけられでもしてみろ、仇なすものは皆殺し。殺して解して並べて揃えて晒してやるからな」


ぎゅっと、力が込められていく手に陽織は顔を苦しげに歪める。その表情に満足したのか人識は陽織の首にかけていた手の力を抜き、「っま、陽織ちゃんならありえねえだろうけど!」と笑った。「…でしょうよ」若干息が乱れている陽織も、笑いながらそう言った。どことなく慣れている雰囲気が漂っていることからわかることといえば、このようなことは初めてではなく、何度もあったということだろう。痕残ったら、どうしよう。陽織は笑顔の裏で微妙に焦っていた。