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刃音しか俺は認めん!って一体どういうことなんだ。生徒が部活動に励む放課後の教室で安里は考え込んでいた。そもそも刃音って誰やねん!刃音さん?刃音くん?仁王くんの女嫌い具合から見て男と判断すべきか、それとも逆に仁王くんが唯一認めている女と判断すべきか。あーもう!私は名探偵じゃないんだからね、わかんないからね!こういうこんがらがったことを考えるのは好きじゃないし、推測するのも得意じゃないっちゅーの。どちらかといえば殺し屋の方が性に合ってるのだよ…。いや、あの兄妹で例える意味はないけども。


「はぁ…」


放課後の静かな教室に、その溜息はよく響いた。溜息を吐くと幸せが逃げるだとか、妖精が死ぬだとか、溜息を吐きたくなくなるような迷信がたくさんある。しかし安里はそんなことお構いなしに、もう一度深い溜息を吐きながら、窓の外を見た。窓の外では安里が以前出会い頭に罵倒された謎の少年、切原赤也が、校門の近くで何やら重たそうな荷物を両手に抱え、ゆっくりと歩いていた。その少年の姿を見て、安里は三度目の溜息を吐いた。私、嫌われすぎじゃね?女の子には嫌われないのにイケメン男子に嫌われまくるとかこれいかに。仁王くん然り、罵倒少年然り。いや、罵倒少年が一番酷いけど、一番わかりやすいかなあ。仁王くんの場合女嫌いっていう明確な理由があるように見えて、それは私以外にも適応されることだから、私自身を嫌う明確な理由が無いんだよなあ。まあ、罵倒少年みたいに本能で私のアレを感じ取って嫌っているのかもしれないけど。そういえば罵倒少年も刃音がどうのこうのって言ってたな…。どんな人なのか気になる。仁王くんが気に入ってるとかどんな化け物だよ、刃音さん。いや、私が誤解してるだけで以外に仁王くんは常識人なのかもしれな……絶対ねーわ、あれが常識人だったら顔面刺繍白髪野郎も常識人だわ。


「っ、」


そこで安里はガタッ!と勢い良く立ち上がった。重たそうに荷物を運ぶ切原が問題なのではない。校門から入らないのかよ、ということが問題なのではない。切原に、ゆっくりと近づく顔面刺繍白髪野郎が、問題だった。なんでここに、だとか、目立ちすぎだろ、だとか、何しに来たんだ、だとか、そんな疑問が安里の中に沸くが、そんなことより優先すべきことがある。学校内であることを気にせず、安里は携帯を取り出し、慣れた手つきである番号に発信した。窓から目を離さずに携帯を耳元へもっていく。切原は顔面刺繍白髪野郎に気付くようすはないし、顔面刺繍白髪野郎も気付かれるつもりがないらしい。安里は顔をしかめた。罵倒少年を助ける義理はないけど、見捨てるほど私は非情でもない。っていうか知り合った以上、私の目の届く場所で死なれると後味悪いんだよね!プルルル、3コール目で、電話の相手は出た。


「――――。―――、――、」


口早に安里はそう言うと、携帯の電源ボタンを押した。窓の外を見ると、顔面刺繍白髪野郎は居なかったし、切原もどこかへ消えていた。本日四度目の溜息を、安里は静かに吐いた。