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「そういえば…精市と友達になったそうだな」

「え?」


パラパラとめくるだけだった本から、柳の方へ視線を戻した安里。元より安里は読書をしないので本を読んでいる真似をしていたにすぎないのだが、それは柳の知る所ではない。ではそんなnot読書家の安里が本の宝庫である図書室に居たのかというと、柳に会うためであった。短い期間ながらもテニス部の人気をひしひしと感じていた安里は、人の多いところでは自ら声をかけることを控え、偶然を装いつつ会おう、と心の中で密かに決めた。だから安里はその自身の決定に基づき、昼休み、図書室で柳を待ちぶせしたのである。


「友達になるとは…まったく、お前も面白い考え方をするものだ」

「ちょっと話が見えないです柳さん」

「俺は親しく話した時点で友達になっていると思うが」

「ダメだこいつ話が通じてねえ」


頭を抱える安里は「ていうか幸村はどこまで柳に喋っちゃったの」と柳に問う。その問いに柳は珍しく笑顔で「全部だ。最初から最後まで」と答えた。実に嫌味な笑みである。


「お前の線引きとやらは興味深い。何も考えてないように見えて意外に考えているのだな」

「失礼な」

「おっと失敬。しかし…お前の中で線引きが曖昧で決めがたいというのであれば、今までどうしてきたんだ?」

「今まで…ね。わかんない。友達らしい友達って居なかったからさあ。それっぽいのって言ったら頭巾ちゃんぐらいだし」

「ほう、その頭巾ちゃんとやらとは親しく雑談をしたり、という仲ではないのか?」

「それが違うんだよね。うーん、町中で出会って『よお姉ちゃんかわうぃーねえ。これからドライブ行かねえ?』『あんた免許持ってないでしょうがっ!』『50点』『低っ』みたいな会話をするだけだったし。あんまり腹を割った話はしなかったなあ」

「なるほど、それはつまり、安里は深入りしたくなかった、ということではないのか?」


柳の言葉にあー、と妙に納得した様子の安里。こんな話ができるのも、頭巾ちゃんとは違う世界の人間だから、なんだろうなあ。頭巾ちゃんは私たちの世界に頭突っ込んでるようなものだから、あんまり私と近しくなりすぎると殺されちゃうかもしれないから、深入りしたくなかったし、近くもなりたくなかったのかもしれない。遠すぎず近すぎずな距離が、心地良いのかもしれない。その点柳たちはオール表世界だし、周りに私たちの世界の人も居ないから、安心できるのかも。もし仮に私が無為式だったとしたら話はまた違ってただろうけど、生憎私は無為式とやらじゃないし。


「でも、」

「?」

「多分わたしは、頭巾ちゃんのこと友達って思ってるんだと思う」

「線引きが自分でわかってないのではなかったのか?」

「線引き云々の話じゃなくて、大切だからこそ遠ざけたかった、っていうのかな。よく漫画とかであるじゃん。魔王軍の俺と仲がいいと、お前が勇者軍から追い出されちゃうから絶交しようぜ!みたいな」

「……ふむ、お前の事情は知らないが、そういうことなら、そうなんだろうな」

「まあ柳に突っ込まれなきゃ気付かなかっただろうけどね」


そう言うと、安里は静かに笑った。安里にしては珍しい笑みに柳は一瞬見惚れるが、「そうだな、」と発言することによって誤魔化した。大切だからこそ遠ざけたかった、なんて通常の人が言える台詞じゃない。厨二病でもなければ、な。むしろ厨二病ならばどんなによかったか。こいつは、安里は計り知れない何かを抱えている。おもむろにノートを取り出した柳は、そこに何かを書き込んだ。もっと知りたい。それは好奇心からくるものか、それとも好意からくるものか。真実は柳にもわからないものだが、その先にあるものがよいものであるとは限らない。柳が踏み込もうとしているのは途方もない世界の話なのだから。


「それはそうと、柳の線引きで行くと私は柳のお友達っすか?」

「お友達だな」

「わあい!柳くんとお友達だあ!」

「露骨に棒読みをするな」