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少し古びたドアを押すと、それは容易く開き、彼女はその先の屋上へと足を踏み入れた。
穏やかな風が吹くそこは、校内での喧騒が嘘のように静かだった。同じ場所にあるのにまるで別の場所に来たかのような錯覚を覚えるそこには、中学生らしく品のない行動が目立つ学校において似つかわしくない上品な花が小さく咲いていた。それが一層錯覚を起こさせているのだろう。
決して大きくはないその花たちに安里は目を向ける。あまり規模も大きくないみたいだし、誰かの趣味なのかも。と穏やかな気分だったのだが、先程ぶつかり罵倒されたことを同時に思い出し、思い切り花を引っこ抜きたい気分になった。


「あれ、安里?」


そんな思考もふと掛けられた声によって中断される。「あ、幸村じゃん。久しぶり」声をかけてきたのは幸村であった。最後に会ってからさして時間は経っていないのだが、そこは安里である。


「ふふ、そんなに経ってないよ安里。ここには何しに?」

「なんとなく屋上来てみたの。学生といったら屋上っしょ!」

「なにそれ」


花のように笑う幸村を安里は観察する。右手にスコップ、土の付いたズボン、はっはーん、もしかしなくても幸村がここを整備しているんだな?安里でなくとも察せることだが安里はやべえ私天才だ、と自画自賛していた。とても可哀想な思考である。
思ったことをすぐに口にだすことが多い安里だからか、「ここって幸村が育てた花があるの?」と聞いていた。「うん、ここにある花、全部」「へえ、…ぜ、全部ぅ!?なに、それってもしかしなくても幸村が進んでやってんの!?」「そうだけど」「まじかよ…」やはり可哀想な頭では美化委員っぽいし幸村パシられてんだろ、としか考えつかなかったようで、酷く驚いていた。
いつまでもドアの前で立っている二人ではなく、誰が言うわけでもなく、自然と花の前に腰を下ろしていた。


「綺麗な花だね」

「そう思う?」

「うん。なんか、さっきまで苛立ってたのにどうでも良くなってきた」

「そう言ってもらえると嬉しいかな」


少し照れくさそうに笑う幸村と、花を眺めながら穏やかに笑う安里は、数日前の爆笑していた姿とはかけ離れて、ゆったりとしていた。
あの一件以来、幸村の中での安里は“転校生の女子”から“あまり気の使わなくていい友人”に変わっていた。同じく、安里の中でも爆笑されたとはいえ、幸村に対して悪いイメージは持っておらず、むしろ友好的であった。
ふと、安里は思った。私に友達って居るんだろうか、と。立海大付属中学校に転校してきて数日、クラスの女子は好意的に話しかけてきてくれるし、隣の席の鈴木とは授業中によく話すし、丸井や他にもいろんな人と話してきた。って、あれ、私、男子と関わりすぎじゃね?こうやって一対一で話したことがこの学校ではなかった安里は、友達が居るのか否か疑惑が気になった。


「ねえ、幸村」

「なに?」


せっせと添え木をしたりと忙しい幸村は安里に目を向けないまま答えた。


「友達って、何だろう」

「…なに、もう人間関係に詰まったの?」


クスクスと笑う幸村に「そんなんじゃないって!ただ、うーん、どっからが友達かわかんなくてさあ」と安里は膝に顔を埋めながら言った。


「そんなこと考える人居るんだ」

「至って真面目なすすぎちゃんです」

「友達なんて気がついたらなってるものでしょ?」

「私は線引きが欲しい」

「うーん、線引きねえ…。……一緒にいて窮屈じゃないって思えたら、友達じゃないかな?」

「窮屈?それって私と幸村みたいな?」

「ははっ、それじゃあ俺と安里は友達だね!まあ俺は安里のこと友達だと思ってたけど」

「う、うわああ幸村良い人おおおおお」

「もっと褒めてもいいけど」

「調子乗んな」

「ていうかもうそろそろ昼休み終わるよね」


幸村の言葉に安里は「あっ!」と立ち上がる。いつの間にか幸村は手を洗っており、道具も片付いていた。
「帰ろう?」という幸村に「うん」と言って安里は着いて行く。


「そういえば幸村って素手で土いじりするんだね」

「まあね。素手の方が土の感触とかわかるから好きなんだ」

「へえ、よくわかんないわ」

「じゃあ俺が教えてあげるよ。俺の友達の安里さん?」

「そうだね、教えてもらうとしましょうかね。私の友達の幸村くん?」


そんな軽口を叩き合い屋上を後にする二人は、紛れも無く友達同士であった。