「私達別れた方がいい、かな?」

淋しそうな表情をした彼女にそう言われた時は、心にぽっかり穴が空いたように冷たいものが全身に広がって、変な汗が吹き出るしどうして、なぜ、そんな言葉しか思い浮かばなかった。嫌だ、そう言えばよかったのだろうか。でも、なまえにそんな言葉を言わせてしまうくらい自分は不甲斐なかったのかもしれない。そう思うと否定する資格なんてないんじゃないか。なんて考えたところで自分の口からは「別に、いいよ」思っていることと間反対の言葉を零していた。

それでも彼女はバレー部のマネージャーで、いやでも毎日顔を合わせる。以前より笑顔の減った彼女に、振っ切るにも振っ切れない。



大切な人がいました。自分の部屋を見渡しても、その人との思い出がたくさんころがっていて、捨てるにも捨てられない私の性格がいつまでたってもあの人のことを吹っ切れない原因の一つになっているのだと思う。

バレー部のマネをしているのだから、私情は決して挟んではいけない。だけど、彼の姿を見ると切ない思いをしてしまう。でも私じゃきっと彼には役不足なんだと思う。私に触れたり、何かを要求したり、そういったことを全くといっていいほど彼は付き合っている間しなかったのだ。そのことを友人に相談した時、

「本当に彼はなまえのこと好きなの?」

そう友人にそう言われた時は身体に直接落雷を受けたみたいにショックをうけた。思い切って彼に別れを切り出してみると、案外あっさり受け入れられてしまった。やはり私ではだめだったみたいだ、と思い知らされた気分だった。




彼女の事を毎晩のように思い出してしまう。彼女のふっくらした薄いピンクの唇、触ってみたいと何度か思ったこともあった。けれどその度に、視線を逸らしてその想いをかき消していた。彼女に嫌われるのが怖かった。離れて欲しくなかったから。付き合っている時も、何処か遠いところに出掛けたり、恋人らしいデートをしたりはできていなかったが、部屋で二人でゆっくり、彼女の柔らかい声で語られる話に耳を傾けて、頷いたりしているだけでも彼女の笑顔が見れるならそれでよかった。

最近は木兎先輩が彼女に近づいているみたいだった。あの人は前々から彼女を気に入っていたし、俺よりも明るくて一緒に過ごしていても楽しいだろう。現に今、先輩と話している時の彼女は笑顔だし、学校生活でも二人でいるところをみかける。噂によると付き合っている、らしい。それを先輩に確認できるほどの勇気はないし、先輩なら彼女にぴったりだ、と思う。俺より口数も多いし、思ったことも素直に伝えられるし、楽しくて良い人だ。

なんて、思っても、先輩に嫉妬しないわけではない。今だって、その場を奪ってしまいたくなるくらいには、彼女が好きだ。先輩の唇は、彼女の唇にはもう触れたのだろうか。そんなシーンを想像してしまって、嫉妬で気が狂いそうだ。

少し、じっと見すぎただろうか、先輩の背中越しに彼女と目があってしまった。ふい、と逸らした後で、見ていたのはこちらなのに態度が悪かっただろうか、と後悔。何をやっても上手く行かない、冷静に、ならないと。



彼と別れてから、木兎先輩がよく気にかけてくれるようになった。大体が赤葦くんのことで、「お前と別れてからあいつは機嫌が悪い」「バレーでもたまに気が抜けてる時がある」「お前からなんか言ってやれ」だのを言われる。先輩から聞く赤葦くんの話は面白くて好きだ。先輩は私の元気を引き出してくれる。そして、赤葦くんともう一度ヨリを戻して欲しいみたいだ。でも、その願いは何回も断っている。私じゃ彼の支えにはなれないんです、そう言うと先輩は毎回「どうしたらお前らは気づくんだ」と困った顔をしてしまう。

部活終わりのじりじりと暑い日差しの中、さっさと家に帰って、汗と一緒にこの煮え切らない気持ちを冷たいシャワーで流してしまおう、と決意する。



風呂から上がって髪の毛をタオルで乾かしている時も、彼女が脳内にちらつく。本当に女々しいな、なんて自嘲しても辛いだけだ。彼女は、俺の少し癖のある髪の毛が好きだと言ってよく髪の毛を弄っていた。そんなことを思い出しては、もう一度彼女と…なんて淡い欲が現れる。

この気持ちを彼女に伝えたら、彼女は、なんて言うだろう。



私は今、夢を見ているのかもしれない。

目の前には赤葦くんがいる。あの黒い瞳でこちらを見据えている。ここは体育準備室で、もうすぐで部活の時間が始まる。ボールを準備しようと、ボールの点検をしている時に赤葦くんに突然声をかけられたのだ。

「ど、どうした、の」
「…ごめん、なまえのことが好きだ。別れたくせにって思うかもしれないし、先輩と付き合ってるのも知ってる、でも、それでも、伝えたかった」
「えっ、と、え…?」
「別れてからも、なまえのことを忘れられなかった」

彼は、なんて直球なんだろうか。こんなに真っ直ぐ見つめられながら、そんな言葉を聞くと、驚きと動揺で気を失ってしまいそうだ。

「え、っと、」
「迷惑なことも承知してる。言いたかっただけだから、気にしないでくれて、構わない」
「まって、まって!」

頭を下げた赤葦くんに、彼にだけ本当の気持ちを言ってもらうのはいけないと思った。私も、ちゃんと、本当の気持ちを答えないと…。

「私も、今でも赤葦くんのこと、す、好きだよ。」

しどろもどろにも言葉を紡ぐと、彼は少し目を見開いた。そして「え、木兎先輩と付き合ってたんじゃ…」なんて言ったのだ。今度は私が目を見開く番だった。

「ええ、な、なにそれ…!付き合ってないよ…っ」「でも、よく一緒に居ただろう?」「あれは、その、先輩が、赤葦くんとヨリを戻してくれって…!」と、必死に伝えると彼は、ふっと「なんだ、そう、だったのか」と、柔らかく笑った。久方ぶりに彼の笑顔を見た気がする。自然と自分の口角も上がってしまう。

「あのー、お二人さん」
「ひっ、あ、」

突然声が聞こえて、声のした方を振り返ると、バレー部の面々がにやにやとこちらを体育準備室の扉から覗いていた。

「ったく、お前らはおせぇんだよ」
「いつになったらヨリ戻すんだと思ってたんだよ」

「いやぁ、めでたし」と木兎先輩が私の肩を叩いた。

(これで赤葦が俺にもう少し優しくなるな!)
(すみませんそれはないです)
(何で?!)




Song by...
明日の歌 / aiko


▽Dear 鼻様
この度はリクエストありがとうございした。素敵な一曲で書かせていただけて光栄です。話が長くなってしまいすみませんでした…。ご期待に添えれていれば良いのですが…!すれ違い、切なくて好きです。素敵なリクエストありがとうございした。何かありましたらいつでもお申し付けください。




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