ふと気がつけば、幼馴染であるなまえのそばにいることはごく自然なことで、彼女の右隣は誰にも譲らないくらいに彼女の存在が俺の中で大きなものになっていた。

俺が彼女に対してどんな気持ちを抱いているのか、果たして彼女は知っているのだろうか。きっと知らないんだろうけど、そのことに少しほっとしてしまう臆病な俺がいる。



左隣を歩く彼女に聞こえないように、心の中で吐いた息。そのせいか、普段あまり働かない表情筋が働いてしまった。不思議そうな顔をして足を止めた彼女が覗き込んでくる。黒くて綺麗な瞳が無防備で、俺の心が捕らえられた。

「どうしたの?なんかあった?」
「いや、なんでもない」
「そっか、何かあったならいつでも相談してね、京治くん、溜め込んじゃう人だから」

なまえはそうやって、俺の気持ちを揺さぶるのが上手い。それに乗っかって、今の気持ちを吐き出してしまおうか、と喉の奥のところまででかかる言葉は、大切にしまい過ぎたせいかすんなりとは出てくれない。

「あ、そうだ、今年の夏休みは海に行きたいね、去年は行けなかったから。あ、でもバレー部は忙しいかな」
「OFFの日知らせる、行こうか」
「本当?嬉しい!」

わーい、と柔らかい笑顔で喜ぶ彼女に、自分の口元が緩々と三日月を描く。そして同時に、彼女に無性に触れたくて、抱き締めたくて、自分だけのものにしたい、なんて思ってしまうんだから恋なんていう感情は本当に、困る。

彼女はきっと、たまたま俺が幼馴染で、たまたま高校が一緒で、たまたま家が近いから、俺みたいな奴の側にいてくれるんだろう。だからいつ離れてしまうかわからない、そんな不安が最近になってふつふつと湧き上がってしまっている。ずっと伝えられなかった思いを、伝える時が、来たのかもしれない。どくん、心臓が痛い。

「なまえ、」
「んー?」

数歩先を歩いていた彼女がくるりとこちらを向いた。数刻、瞳と瞳がばちりと合ったまま止まってしまった。今、言わないと、今までの臆病な自分を振り切れない気がする。

「好き、でした。ごめん」
「え?」

口からぽろりとこぼれた言葉に後押しされた。驚いた顔をする彼女の手首をそっと引き寄せて腕の中に華奢な身体を閉じ込めた。ふわりと広がる彼女の香りに安心する。

「ずっと好きだった」
「…あの、それって、」

ぐい、と胸板を押されて彼女が俺を見上げた。眉を寄せて悲しそうな顔をするなまえ。そして続いた彼女の言葉に呆気にとられた。

「か、過去形なの?」
「え?」
「進行形じゃ、ないの…?」

眉を下げて瞳に涙を溜めて、俺の制服をぎゅっとにぎる彼女に戸惑う。すぐにでも瞳から流れてしまいそうになっている涙を止めようと親指で目尻に触れた。

「言い方が悪かった、今も好きだ」
「よかったぁ…」

嬉しい、すごく、そう言って笑った彼女の頬には零れた涙が幾筋もの道を作っていて胸が締め付けられた。彼女も俺と同じ気持ちだった、そう理解した刹那じんわりと心に柔らかいものが広がった。

「いいのか?」
「うん、うん、」

何度もこくこくと頷いたなまえをもう一度強く抱き締めた。これからも彼女の側で過ごしても、いいのか。当たり前じゃない、なまえが笑った気がした。



Song by...
あたりまえのような奇跡 / 喜多修平



▽Dear はるか様
この度は企画へのご参加ありがとうございました。私の好きな一曲であるあたりまえの奇跡でお話を書かせていただけて嬉しく思います。楽しく創作させていただきました。何かありましたらお気軽にお申し付けください。



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