「あ、おはよう蛍くん」
「…」

あれ、おかしいな、さっき、わたしのことを確かに視界に入れたはずなのに。朝練終わりであろう彼は、何も言わずにわたしの前を通り過ぎてしまった。なんだか切ない気持ちが心を支配して廊下にぽつんと止まっていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「おはよう」
「おはよう、飛雄!朝練お疲れ様」
「おう、何してんだ?こんなとこで突っ立って」
「ん?ううん、なんでもないよ」

飛雄のまっすぐな瞳を見ずに、一限目移動だから行くね、と飛雄に手を振って、背を向けて歩きだした。あれから飛雄には、蛍くんのことを話すのは極力控えている。彼が苦しそうな表情をするのはもう見たくはない。

でも、一体、なぜ蛍くんは素っ気なくなってしまったのだろう。前より仲良く、なれたと思ったんだけれど…わたしの一方通行だったのだろうか。



そしてその日の放課後。前々から予定されていた美化委員会が開かれた。クラスごとに教室に着席し、美化委員としての活動の反省や目標について、委員長が前で話し始める。隣に座るのは山口くん。委員長の話をノートに綴っていると、机の上を指がトントンと跳ねた。

「ねえねえ、なまえちゃん」と小さな声が届き「どうしたの山口くん」と小さく応えると、今日一日わたしを悩ませていたことについて問われてしまった。

「ツッキーと喧嘩でも、したの?」
「え?ううん、してない、と思うんだけど…」
「最近あんまり話してないよね」
「うん…なんだか、避けられてる感じもするんだよね」
「このまえ、なまえちゃんは僕のことなんか好きじゃないって言ってたけど、何かされたりとか…?」
「え、ううん、特になにも!そんなこと、言ってたんだ…わたし何かしたのかな」

うーん、と唸る山口くんとわたし。やっぱり特に思い当たることはなくて、もやもやとしたままは委員会は終わってしまった。それにしても、わたしがいつ蛍くんのことを嫌いだといったのだろうか。もしかしたら、知らず知らずのうちに彼を傷つけてしまっていたのかもしれない。だとしたら、わたしは彼に謝るべきなのだろうか。

▽月島side

山口が今日は美化委員会があると言っていた。体育館は整備のせいで使えないから部活もない。だから一人で帰ろうと思ってたのに。

「なに?」

いま僕がいるのは所詮学校の屋上で、風が強い。そして目の前には、影山。なんでこんな状況なのかというと、放課後に王様から呼び出しを食らったから。まあいつかは来るだろうとは思っていたんだけど。

「お前、なまえのこと好きなのか」

風がなくなった気がした。心臓の奥がぎしりと掴まれたような、変な感覚。そんな僕をじっと見つめてくる王様。敵意、殺意、怒り?いろんな感情が篭ってる瞳をメガネのレンズ越しに見た。

「好きなわけ、ないデショ」
「あ?」

僕があの子を好きなのか、そんなこと、決まってる。だから、だからこそ言えるわけないデショ。さっきよりも鋭くなった瞳とは対照的に、僕の口元はゆるりと三日月を描いた。

「ならなんでいきなりあいつに近づいたんだ?」
「別に?王様の彼女ってどんな奴なんだろって気になっただけ。まぁさすが王様の彼女だよね、ぼーっとしてて頭の中もお花って感じで」

止めて欲しい、この口を、誰か。

「あ、でも安心しなよ。おもったより面白くなくてもう飽きちゃったから。これ以上近づこうともおもってないし王様と二人で仲良くす…っつ!」

鈍い音がした。一瞬、目の前の景色が見えなくなった気がした。気がつけば目の前には影山の足で、頬が熱くて痛くて、ああ殴られたんだ、なんて頭の中で冷静に判断をした。怒りなんてなくて、むしろ、ありがたかった。

「それ以上なまえのことなんか言ったら本気で殴る」

いつも以上に低い声が耳に入ってくる。王様に言われなくても、これ以上何かを言うつもりもない。ふっと自嘲気味に笑って、ゆっくりと立ち上がった。僕を見上げて、キっと僕を睨む影山。ああ怖い怖い。やめてよ。だから嫌なんだよ関わるのは。

「気は済んだ?もう僕はあの子と関わるつもりなんてないから」

何も言わずに止まっている王様を見ないようにして、屋上を後にした。殴られた頬に軽く触れる。

「イタイ」

なんで、頬じゃないところも、じくじく傷むんだよ。

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