ヘッドフォンを奪われた月島くんが振り返る。

「普通に仲良くしようよ」

と言うと、月島くんは数秒固まったあとに、またため息を吐いた。そしてくるりとこちらを向いたかと思うと長い足でぐんぐんと距離を縮めてくる。

「あんたさ、バカなの?」
「え、」
「さっきまでアンタのこと利用してアンタの彼氏のこと陥れようとしてた男だよ?」
「うん、知ってる」

月島くんの眼鏡の奥の瞳をじっと見つめて言い放つと、本日二度目のため息を吐いた。「なんでアンタは…!」と言ってくるりと方向転換してずんずんと進んでしまう月島くんを駆け足で追いかける。そして横に並んで廊下と上靴の摩擦する音を感じた。

「本当の月島くんが見れて嬉しかった。それに今の月島くんの方が月島くんぽくて好きだよ」
「…もう分かったから黙って」
「あ、それと」
「(スルー…)」
「アンタじゃなくてさ、なまえでいいよ。今までのチャン付けも気持ち悪いからやめてね」
「アンタさ、もっとオブラートに「なまえだってば」…バカなまえ」
「バカは要らないんだけどな?」
「じゃあ、蛍ね」
「え?」
「なまえも月島くんじゃなくて蛍でいいって言ってんのバカ」
「あんまりバカバカ言ってると蛍くんもバカになるよ?」
「も、ってことは自分がバカなこと認めたってことだよね?」なんて、口に手を添えてバカにした笑い方をする蛍くんの肩を軽く殴った。
「もうそうやって人の揚げ足を取るんだから!」
「ふ、はは」

驚いた。笑ってる。蛍くんが。

今まで見てきた笑顔じゃなくて、心から笑ってるっていうか、うん、営業スマイルじゃない感じの笑いだ。なんだか嬉しくなってわたしも笑ってしまった。「わたし、初めから今の蛍くんとお話したかっ、」

た、という音は発さなかった。いや、発せなかった。下駄箱の前に飛雄が立っていたのだ。私のカバンも持った飛雄はいつも以上に不機嫌だ。そうだった、一緒に帰る予定だったんだ。

「王様のお迎えだよ、お姫様」蛍くんがニヤリと笑ってふざけたように呟いた。そんな蛍くんにさえ何も言えない。

「なまえ」
「あ、ごめん飛雄!」
「おせぇとおもったらンな奴と居たのか」
「う、あ、その、」ンな奴、と蛍くんのことを睨みつける飛雄に狼狽える。行くぞ、と手を掴まれて身体が引っ張られてしまう。いつもならもっと優しいのに。強く握られた手が少し痛い。

「じゃあね、なまえ」
「…!」
「うん、ばいばい」

「おまえ、あいつに呼び捨てされるようになったのか」
「うん、ちょっと、色々あって」
「っんだよそれ!いえねぇことか?」
「いや、その」
「もういい」
「な、仲良くなったの!」
「ああ!?」
「そ、そのね、今までの蛍くんじゃなくて本当の「おま、蛍くんって…!」あ、」

俺のいねぇとこであの野郎…!と怒り出した飛雄に、蛍くんは禁句だったな、と悟ったのでした。

「あいつ危ねえからあんま近づくなよ」と言われた。蛍くんと今日話した時のことを思い出すと、やはり蛍くんは少し口が悪いがそんなに嫌な人には思えない。つい口から、そんな言い方しなくてもいいじゃない、と飛び出そうになったが、苦しそうに眉を寄せる飛雄の横顔に何も言えなくなってしまった。
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