「姉ちゃん」

小学六年生のまことと中学三年生の私は周りから羨まれるほどに仲が良かった。まことは良い子だ。ほんとに。

大切な”弟”だ。

「どうしたの?まこと」

姉ちゃん、と繋いでいた手を引っ張られる。目線を下げて、こちらを見上げるまことと視線を合わせると、大きな黒い目とぶつかった。

「おれ、姉ちゃんと結婚する」

とつぜんのことで驚きながらも、真剣な顔で宣言するまことが可愛くてつい笑ってしまった。

「あはは、お姉ちゃんとまことは結婚できないんだよ?」
「どうしても?」

特徴的な眉毛がぐんと下がって大きな瞳が悲しそうに揺れる。そんな表情させたかったわけじゃない。だから私はまことに約束してしまった。

「んー、そうだなあ。まことが私より賢くて強くなったら結婚考えてあげてもいいよ」
「ん、じゃあおれがんばる」
「楽しみにしてるね」
「約束だから」
「はいはい」

まことはきっといつか、わたしと結婚したい、なんて言っていたことすら忘れてしまうのだろう。少しさみしいような、そんな気持ちだった。



「なまえ」

ぽーっと窓から月を眺めながら思い出に浸っていると、部屋の外からまことの声がした。

「こら、お姉ちゃんでしょ?名前でよばないの。で、なあに?」

扉を開けるとまことが立っていた。さっきまで思い出していたまこととのギャップに圧倒されてしまう。あの時は小さかったのに、もう、こんなにも大きい。

「今回のテストも学年トップだった」
「へぇーすごいね!いやぁ自慢の弟だよ!なんか奢ってあげよっか」
「…なまえ」
「だから、なまえって呼ぶんじゃないよまことくん」
「なんで?」
「なんで、って。そりゃ…ああ、もう小さい時は可愛かったのになぁーこいつめ!」

軽く笑ってぺしん、と軽くデコピンして空気を変えようとした。けどまことはやはり真剣な目でこちらを見据えてて、自分から近くに寄ったことに後悔してしまう。

視線に耐えられなくなった私は、逃げるように扉を閉めようとした。

「じゃあ、そろそろ寝ようかな。おやす「いつまで続けんだよその芝居」…やだなあ芝居だなんて」

ドアノブを握った手の上から、まことの骨ばった手で掴まれる。

「俺の気持ち知ってんだろ」
「ちょっとまこと?お姉ちゃんにその口の聞き方はなに」
「お姉ちゃんお姉ちゃんって、そう言わなきゃ崩壊してしまうような関係なんだろ?姉弟なんて」

ドアノブから無理やり剥がされて部屋の中に押し込まれる。まことも部屋に入ったかと思うと後ろ手に部屋の鍵を閉められた。

「なにいっ「俺はなまえより賢くなろうとがんばって霧崎に入った。成績だっていつもトップだし、バスケもしてるからなまえよりも力はある。約束したよな?」
「そんな子供の時の約束本気にされても、困るよ!」
「でも俺のこと意識してる、そうだろ?」
「弟に恋心を抱く姉なんていない」
「偽るのも大概にしたらどうだ。約束って言っただけでも伝わったってことはお前もちゃんと覚えてるんだろ」
「…っ」
「なまえ、」

「…んん!」腰を掴まれて握られたままの手を引っ張られる。ぐんと近くなった二人の距離に戸惑う。

手を離されたと思ったら後頭部を支えるような形で添えられ上を向かされる。縮められる顔と顔の距離。ダメだ、と頭の中の警報が鳴り響いていた。

精一杯の力で押し返しながら顔を背けようと必死になるが、案の定力はまことの方が断然強くて、ついに唇が暖かい何かに触れた。否、何かなんて知ってる。

「…や…!!」
パシンッとまことの頬を叩く。人のことを叩いたことなどなかった私の手はヒリヒリとして痛い。赤いまことの頬に胸が締め付けられる。

「ふはっ…」
「うあ、…ごめ…っう」
「…泣くなよ」
「うう…うっ…」
「泣きてえのはこっちだよ、畜生!」

いきなり大声を出したまことに肩がビクンと揺れた。ヒリヒリと痛む手をもう片方の手で握りしめながらまことを見ると、髪の毛ではっきりと見えない瞳から一筋の涙の跡が赤い頬の上を伝っていくのが見えた。

「…ごめ、ねっ…まこ…!」

立っていられなくなった私は膝から崩れるようにしゃがみこんだ。止まらない涙と沈黙。

「…ふはっ」

哀しい笑い声が響いたかと思うと、鍵の開く音。まことは私の部屋から出て行ってしまった。


こんな関係になった私たちは、

一体どうしたらいいんですか。


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