父と母が二人で温泉旅行へ行ってしまった。必然的に家にはわたしと弟の二人きりになる。めんどうくさがりな弟が料理を作ることはまず無いのでわたしがつくらなければならない。

台所で肉じゃがを作っていると、先程部活が終わって帰宅した真由が、部屋着に着替えて台所にやってきた。

「お姉ちゃん」

しゅるり、とわたしの腰に回されたのは細いけれどしっかりとした男の子の腕。どきりと心臓が跳ねたのは、きっとわたしが料理中だから、だ。背中に感じる体温も肩にかかる頭の重さも、首筋に当たる息も、全部全部、彼、わたしの弟のものである。

「…離してくれないと料理できないんだけどなぁ」
「…しなくていいよ」
「じゃあ真由のだけなしね」

そう言うと、やだ、と小さく呟いてわたしの身体から離れる真由。彼の身体との間に隙間ができたことにひどく安堵してしまった。彼のことを少しずつ、怖いと思うようになったのはいつからだろう。

いや、たぶん、わたし達の兄である梅太郎が実家を離れて一人暮らしをし始めた頃からだろう。兄に対する愛情の行き場がなくなってしまったせいで、わたしに対する愛情が二倍になってしまったのかもしれない。

最近の彼はわたしによくひっつきたがる。小さい頃ならわかるけれど、彼はもう中学生でわたしは高校生。そろそろ適度な距離を持つべきだ、と、思う。

「ずっと見てるの?」
「だめ?」
「…テレビでも見てれば?」

作業をしている真横で、じっと見つめられるといやに緊張してしまう。そう思い彼に提案したのだけれど、だんまりしてしまった。ちらりと彼の顔を覗き込むと「そばにいちゃだめ?」なんて表情を変えずに言った。

「そんなにじっと見るほどのものでもないと思うよ」

そう言うと、彼は再びだんまりとしてしまった。きっと、もうこれ以上会話するのが面倒だと思ったのだろう。彼は少し頑固なところがあるから、きっとわたしが何を言っても、ここから動かないんだろう。彼は、そういう人だから。


「できた」

ピッとIHのヒーターを消す。結局肉じゃがと味噌汁を作り終えるまで、そばでじっとわたしのことを見つめ続けていた真由。緊張で手元が狂わなかった自分を褒めたい。

「できた?」
「うん、できた、…っ」

できたよ、と言おうとしたわたしを遮ったのは彼しかいない。さっきのように後ろから、じゃなく、正面からわたしをきつく抱きしめてきた。180もある彼はわたしを覆いかぶさるように抱きしめる。苦しい。柔道で鍛えられた身体は痛いくらいわたしを締め付けた。

「ちょ、っと」
「今日だけ」

きょうだけだから、とため息混じりに呟いた彼の言葉が耳にかかってくすぐったい。そんな、期限を与えられたからといっておとなしく抱きしめられてはいられない。密着している身体と身体の間に手を入れて彼の身体を引き剥がそうと頑張るけれど、さすがに女の力じゃ敵わないみたいだ。

「ごはん、食べよ?ね!」

ぐいぐい、と一向に開かない距離を広げようと身を捩ると、ふっと彼の腕から力が抜けた。その隙に素早く彼から身体を離して台所から逃れるように、足を出した。刹那。「うわ…」後ろから、ぐいっと左手首を掴まれ引っ張られた。ぐるりと回転させられ、再び目の前には真由、そして、唇に触れる柔らかなもの。

「…!」それが真由の唇だと理解するのにさほど時間は有さなかった。驚いて見開いた瞳に映ったのは、伏せ目気味だけれど真っ直ぐとわたしを見つめる真っ黒な瞳だった。

ああきっと、わたしが恐れていたのはこうなる日が来ることだったんだ。


アンケートより
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -