あ、と思ったときには彼女とすでに目があっていた。いつもなら本屋なんて寄って行かないのに、今日はたまたま集めている漫画の新刊発売日で立ち寄った、ら、予想外の人物と会うことができた。向こうも気づいたようで、にこりと笑って、本棚から一冊の本を取り出して、そのまま俺に背を向けて歩き出した。

再び、あ、と思ったときには足が動いていて、お目当てのはずの漫画コーナーを通り過ぎても体は彼女を追っていた。

「あの、なまえさん」
「こんにちは、影山くん」
「偶然っすね」
「そうだね」

俺の方を見ることもなく本棚の本を眺めながらすたすたと歩くなまえさん。この人はたぶん、俺のことなんてただの小生意気な後輩としか思ってないんだろう。こっちがどんだけ頑張っても余裕っていうか、靡いてくれない。手が届きそうで届かない。このままだと何の収穫も得られずに帰宅のパターンになる。せっかく会えたんだからそれだけは阻止したい。彼女を見ると、その白い腕に抱えている本が目に入った。

「その本、」というと、足を止めて「これ?知ってるの?」と本の表紙を見せてくれた。あ、やっと俺の方をみた。こちらに向けられた本は小説のようだ。残念ながら俺がその類のものに詳しいわけないのでそれについて彼女と語るのは無理だと悟った。知ってると嘘を吐こうかとも思ったが、生憎そういうのは性格上苦手みたいで、気づけば口を開いていた。

「知りません」
「でしょうね」

「知ってたら感心するよ」と、へらりと笑って再び背を向けて本を抱え直したなまえさん。俺が知っているかも、とは、はなから期待してなかったのか。そんなに俺に興味ないのか。ちょっとくらい、こっち、振り向いてくれてもいいのに。

そこまで思って気づいたら、彼女の二の腕を掴んでいた。俺の欠点は考える前に勝手に動くことかもしれない。こんなの、バレーだったらしないのに。彼女のことになると、気づかないうちに体が動いてるんだから不思議だ。

二の腕を掴まれた彼女は「なに?」と驚いた表情をしている。

「でも俺、興味はあります」
「この小説に?」
「その小説のこと知りたい」
「…貸そうか?」
「ていうか、それよりもなまえさんで。あ、いややっぱ本も借ります」
「…え?ん?」
「俺はなまえさんのことがいちばん知りたい。そんで俺にも興味を持って欲しい」

どんな小説が好きとか、好きな作家とか、なんでも、彼女に関すること、なんでも。俺に教えて欲しい。彼女に興味をもたれるような人に、なりたい。

黙り込んで俺に二の腕を掴まれたまま、「よくそんなこと言えるね」と彼女はそっぽを向いた。靡いた彼女の髪の毛の間から見えた耳は赤い。そしてまた、あ、と思ったときには彼女に恋をしていた。


アンケートより
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