「真由くん、あの」
「……?」

机に腕をおいて顔を伏せていた真由くんが、なに?と顔をこちらに向けて目だけで返事をした。彼、野崎真由くんはとてもめんどくさがりだ。でも、いまは、めんどくさいでは通用しないと思うんだ。

「仕事、しようよ」

教室の後ろに立てかけてある文化祭の出し物、お化け屋敷の看板を指差すと、ちらりとそちらを一見したあと、何かを考えるように私を見つめた。じっと見つめられ、そわそわしていると、真由くんの口が開いた。

「…やっていいよ、苗字さん」
「え、」

やっていいよって、看板の色塗りは貴方の仕事でしょう!他のみんなは、隣の教室で、お化けの衣装作りや、店内の内装作りをしていて忙しいのに。もう一度睡眠体制に入ってしまった真由くんに近づいて、肩を揺する。

「こまるよ、わたしも衣装作りしないといけないから」

今だってすぐに衣装作りに戻りたい。でもそれが出来ないのは、わたしが文化委員だからで。真由くんと同じ看板係だった生徒に「構成から下書きまで全部やったから色塗りくらいは野崎にさせてくれよ!」と何故かわたしが怒られたのだ。

「…じゃあもういいです。わたしがやります」

そういって彼の肩から手を離して、後ろの看板を床に置くと、のそりと頭を上げてこちらをみつめる真由くん。見つめるくらいなら手伝ってよ、とは言えないので、黒いペンキの中にハケを沈めた。ぺたり、と塗り始めると、がたん、と椅子から真由くんが立ち上がってこちらに近づいてくるのがわかった。看板から目を離さずに神経だけ集中させて彼の様子を伺っていると、看板を挟んだわたしの前でしゃがんだ。

「手伝う」と短く呟いた彼は、床に置いてあったハケを持って、赤いペンキに入れた。

「袖、まくった方がいいよ」

9月でもまだまだ暑いのに、カッターシャツの上からカーディガンを羽織っている彼の袖口にペンキがつきそうだ。それでも、ハケを握ったまま動かない彼。不思議に思って彼をみると、ハケから手を離して、袖口をこちらに押し出した。これは、わたしに袖を捲れと言っているのでしょうか。ちらりと彼を見てもじっとこちらを見つめるだけだ。

「はいはい、捲りますよ」

そう言って彼の袖を肘あたりまで、落ちてこないように捲る。出来たよ、と言って彼の顔を見ると心なしか少し嬉しそう。心なしかね。


ぺたぺたと塗り進めて、あとは文字だけになった頃。大事なことを思い出した。

「あ、衣装、作らないと」

すっかり時間が経ってしまっていて、もうすぐで下校の時間だ。作り終えていない衣装は沢山あるから少しでも減らしておきたい。

「真由くん、わたし衣装の方いくね」

あとは文字だけだし、さすがに真由くんでもやってくれるだろう。ハケをペンキに入れて、立ち上がった。がんばってね、と離れようとした時、スカートの裾をくいっと引っ張られた。

「うわ、ちょっと」

裾をつかむ真由くんの手をぺちんと叩く。しゃがんでいる真由くんから、立ち上がったわたしのスカートの中が見えたんじゃないかと心配になるが、彼は平然とした表情だから見えたかどうかはわからない。

「な、なに?」とスカートの裾を抑えつつ尋ねると「もうやらない」と持っていたハケをペンキに戻してしまった。慌てて、彼の前にしゃがんで「どうして?」と言うと、わたしが使っていたハケを手渡してきた。

よくわからずにそれを受け取ると、彼ももう一度ハケを握った。ぺたり、と塗り始めた彼を見つめながらぐるぐると思考回路を働かせる。えっと、もしかして「わたしと一緒にやりたいの?」と、自意識過剰だけれどそれくらいしかわたしには、彼の行動の意味が分からない。

何も言わない彼をちらりと覗き込むと、ほんのり頬が染まっていたからたぶんそういうことなのかもしれない。「衣装、手伝うから」とぽそり、と呟いた真由くんが、ちょっと、ほんのちょっぴりかわいいと思ったのは秘密にしておこう。

その後、衣装作りはほとんどわたしがやっていたのは言うまでもない。

ただ一つ、彼がずっと何もしていなかった理由が解明した。「苗字さんが手伝ってくれると思ってたから」なんて、言われてしまったらもう何も言えなくなってしまった。



少女様に提出
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -