喰種捜査官の仕事は遅い時が時たまある。今日はその日で終わるのが遅かった。
疲れた体に鞭打って家まで帰宅している最中、暗闇の中にそいつは現れた。
「良い匂いだ。マドモアゼル」
顔が半分隠れた三日月型の仮面をつけているすらっとした長身の男。見覚えがある、こいつは
「…美食家?!」
「おや、ご存知で」
驚いた、とわざとらしい演技をする美食家。これ、ちょっとやばいかもしんない。
「でも、運が悪かったわね、喰種捜査官を襲うなんて」
ざわつく心を隠すように強気で食いかかる。
「僕だってわざわざ危険を侵してまで喰種捜査官を襲うことなんてしないさ」
「…?」
「あまりにも、美味しそうで…我慢できないんだ…ふふ」
口元を手で覆って、ふふ、と不気味に笑ったかと思うとずいっと距離を詰められて塀に背中がぶつかった。顔の横に腕を置いて私の逃げ場を閉ざされる。
「…っ!」
やばい、そう思って護身用の短剣を内ポケットから取り出し、美食家の喉元に突きつける。
「…っ Be cool…危ないよ」
「食べるの?」
「良い瞳だ。」
「質問に答えてな…っ!!」
すっ、と短剣を握る手の上に手を重ねられる。そして、ぐん、と顔を近づけてくる美食家に、後退ろうとするが後ろは壁で逃げられない。
「離して、離れて、今すぐに」
「要求が多いな」
「…っ」
すぐそこに美食家の顔がある、もう少し近づけば唇がくっついてしまいそうな距離の中、この場を脱出するにはどうすれば良いか、と高速で脳を動かす。
もう、
「っぐ…!!」
がん!と足を振り上げて美食家の急所を思い切り蹴ると、さすがに離れてくれた。
思い切り美食家の体を突き放して背を向けて走り出す。
走りながら携帯を取り出してあの人に連絡する。後ろを振り向くと膝をついて仮面を抑えてこちらをじっと見ていた。
本当は逃げたくないけど、きっと私じゃあいつをとらえることはできない。至近距離で見た美食家の目に震えが止まらなかった。
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「なまえ、」
「亜門さん」
「心配した。」
「ごめんなさい…」
「無事なら、いい」
帰ってすぐに亜門さんが息を切らして家に駆け込んできた。そして、ぎゅ、と強く抱きしめられている。
「…優しいですね。」
「…お前にだけだ。お前まで死んだら…俺は…」
「私はそう簡単に死にません。大丈夫です」
「…喰種捜査官なんてやらせたくない。」
抱きしめられる腕の力がより一層強くなる。ぼそ、とつぶやいた亜門さんの声は聞こえないふりをした。
苦しいのは抱きしめられる腕の力が強いから、だと思う。