学生の頃から親友のマチの事務所にやってきた。忙しかった事件が一旦落ち着いたみたいだったので、マチに会いにきた、というのはただの言い訳で…ここに来るにはもう一つの理由があった。
鍵が空いていたので、中に入ると机にうつ伏せて寝ている人影が見えた。
「雨宮くん?」
雨宮くん、というのはこの事務所で働く一人で、マチの信頼する仲間。
多重人格者、らしい。
そして、私の好きな人でもある。
「…どうした?」
いつもつけている眼鏡を外して寝ていたのか、眼鏡をしていない。そのせいか、なんだか雰囲気が違う。
「きょ、今日はマチいないんだね」
「あー、美和と出かけてる。俺は留守番」
「そっか…なんか、雨宮くん雰囲気違う?」
「なんで?」
「え、いや、なんとなく、だけど。あ、眼鏡してないからかな。」
「今の俺は?」
「え?」
「…なんてな、冗談だよ。」
席を立ってこちらにふらふらと近づいてくる雨宮くん。やっぱりちょっと違う、気がする。
でも、マチがいない今がチャンス。今聞かないと…。
「…そう?…あの、ずっと気になってたことがあるんだけど…」
「なに?」
「その…雨宮くんって、マチの恋人なの?かなって」
「そうだったら、どうするの」
「や、どうもしないよ!!なんか、二人って仲良いし、わたしにはわからないけど大変な仕事でも信頼し合ってる…ていうか…マチは親友だし、雨宮くんなら大丈夫かな、て、あの…っきゃ!」
「なァ、いい加減にしろよ。俺、雨宮じゃねェ〜の。」
「え、あの、」
「俺は西園な。ていうかなに、あんたそんなに雨宮くんのこと好きなの」
「そ、そんな!こと」
「ばっかみてぇによォ。なにが信頼だよ。マチに取られてほんとは憎んでんだろォ?はははっ!最高だな」
「に!西園くん!あなた…!」
「なァ…雨宮くんのどこがいいの」
「なんでそんなこと言わなきゃいけないの。」
「あーこわ。さっきまで雨宮くん雨宮くんって可愛かったのになァ〜」
「雨宮くんやマチに変なこと言わないでよ!」
「ど〜しよっかなァ〜」
トン、と顔の横に手をついてグンっと距離を縮めてくる西園くん。片側からすり抜けようとすると、逃げるのを制すように腰に手を廻される。
「…!」
「俺って、雨宮くんと同んなじ顔だろ?顔以外でもけっこー似てるんだよ。まァあいつほど真面目じゃねぇが」
「何が言いたいの」
身体を離そうと雨宮くん、もとい西園くんの胸板を押し返す。が、敵わずに顔の横についていた手で掴まれてしまった。そのまま掴まれた手は頭の上で拘束され壁に押し付けられてしまい自由が効かなくなってしまった。どうしよう、逃げないと…
「俺と付き合えよ」
耳元で呟かれて心臓が跳ねた。
「意味わかんない!」
動揺を隠すように大声で叫ぶと、西園くんがふざけるように笑って言った。
「俺とキスしても雨宮くんとしてんのと同んなじだろ?もしくは俺のが上手い」
「や…!」
「なまえ、お前のことが好きだ」
雨宮くんに言われてるみたいだった。素直に嬉しいって気持ちが広がったんだ。その分この人は雨宮くんであって雨宮くんじゃないんだって気付いた時何倍もの切なさが襲ってきたんだ。きっと雨宮くんのフリをして言ってくれただけなのに、嬉しかった。
だから、仕方なかったんだよ。
キスされても動けなかった。
だって、本当に雨宮くんとキスしてるみたいだったから。
顎を支えられて強引だった口振りとは真逆にヒドく優しかった。戸惑って仕方なかった。
悲しくて熱くて涙が止まらなかった。
(俺を通してあいつを見てるんだろ?なァ、俺を見ろよ)