「ここまで来てもらっちゃってごめんね?ありがとう」


「いや、気にするな。おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


康次郎くんにマンションの玄関まで送ってもらった。申し訳ないからいいよって言ったけれど、なかなか頑固な康次郎くんはしっかり送り届けてくれた。


ほんと、紳士って感じだ。


高校で話したことは数えられるくらいなのにこんなに話す機会が増えるとは驚いた。大学もどこ行ったのか知らない。

ガチャっと開いた新しい家の扉。ふ、と一息ついて中に入るとまだ整理しきれていないダンボールが残っていることに気づいて落胆してしまう。


「あー…めんどくさいけど後に回すといつまでもやらなさそうだしな…やるべきか。…ご飯の後ね」




実家から持って来た思い出の品や洋服、食器などを整理していく。別世界のようだった新しい部屋が、私のもので埋まっていく。それだけで家に帰ってきたような安心感で満たされていく。


「よし、だいぶ片付いた。…て、ああ!!やばいもうこんな時間!明日も仕事なのに…早くお風呂入って明日提出するもの纏めないと…!」


片付けるのに夢中で気づかなかったけど、もう時計は深夜2時を指していた。


急いでお風呂に入って、髪を乾かすのも惜しいわたしはバスタオルを肩からかけてパソコンを開いた。

康次郎くんに教えてもらったやり方で資料を簡単に纏める。


そういえば、

青山くんに悪いことしちゃったかな。


でも康次郎くんが言っていたように、青山くんと二人で行動するときの周りの女の子からの視線が少し痛い。

入社早々イケメン男捕まえた軽い女、なんて言われているかもしれない。

そんな被害妄想が広がってしまうのだ。

だからあの時は少しホッとしたというか…。


「…へくしっ!」


ぼーっと考え事をしていたせいで身体が冷えてしまったようだった。

資料はもうほとんど出来ているので、もう寝ようとパソコンの電源を落とした。


「ふわぁ〜眠い…」


時計を見ると3時をすでに回っている。

私が毎朝起きるのは午前6:00。


「3時間しか寝れない」


要領が悪い自分にどうしようもない気持ちに襲われる。

いつもなら髪の毛をドライヤーで乾かすが、眠気と疲れですっかりめんどくさくなってしまった。


「まあ一日くらい良いよね」


軽くタオルでわしゃわしゃと乾かして、まだ少し湿る髪の毛のままベッドに入って眠った。




**




「はい…はい…すみませんほんと…はい…了解です。失礼します」



完全に風邪を引いてしまった。


朝6時に起きると、頭がぐらぐらとして喉が痛い。咳も出る。

もしや、と思って体温計で測ってみると38.3℃でした。


これは出社しても感染者を増やすだけだと判断したわたしは会社に休みの連絡をした。部長は「苗字に無理させてしまったかもしれんな。ゆっくり休んでくれ!」と優しい言葉をかけてくれた。泣く。というか泣いた。


薬を持ってきていない私は、病院へ行って薬をもらうことにした。


「げほ…病院近くて助かった…」


マンションからそう遠くないところに病院があるので歩いてもいける。

平日の朝は人が少ないのですぐに自分の診察の番がきた。

白衣のよく似合う優しいおじ様の先生は、一通り診察を終えると言った。


「疲れや寝不足などからきてるのかもしれませんね。普通の風邪なのでゆっくり安静に寝てください。お薬出しておきますので」

「はい、ありがとうございます…」

「お大事に」


お大事に、と看護婦さんに見送られて病院を出る。そして。薬を貰ってお家に真っ直ぐ家に帰った。


食欲がない。ベッドに倒れこむように横になった。ものすごく怠い。


明日は出社できるように寝よう。


顎まで毛布を引っ張り上げて包まるようにして瞳を閉じた。



*古橋視点*


朝、いつものように出勤すると名前のデスクが空いているのに気づいた。


「古橋くんおはよー。名前ちゃんなら風邪でお休みだってー」

「ああ、おはよう七瀬。風邪、か」

「うん、38度あるらしくて辛そう。メールの返事返ってこないし。お見舞い行ってあげたいけど今日は夜まで仕事だしなあ…古橋くん知ってる?名前ちゃんの家」

「まあ、一応」

「え、そうなのね!じゃあ帰りに様子見てきてあげてよ!あの子一人じゃさみしくて死んじゃう!」

「(うさぎか?)…そうだな。」

「どうせ何も食べてないだろうから何か食べる物持っていってあげてね」

「ああ。わかった。七瀬、」

「ん?」

「意外としっかりしているんだな」

「あはは、なにそれ。ひどいなあ」

「名前が保護者だと思っていたが、お前も保護者のようだ。名前の」

「まあしっかりしてるようでどっか抜けてるっていうか…守ってあげないとどっか行っちゃいそうな子だよね」

主がいない目の前のデスクを見つめた。

「確かに、そうだな」





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