「それでは!新入社員歓迎会を始めまーす!!乾杯!!」
かーんぱーい!!と、グラスのぶつかる音が響き渡る。
立っていたみんながざわざわと話し始め自由に座り出した。
居酒屋の座敷の個室を使った歓迎会。
お酒に強いわけではないがこの場で飲まないのは失礼に値してしまうだろう。くい、と飲むと身体に広がる熱。
「名前ちゃん、こっちおいで」
「青山くん、おじゃまします」
ちょうど座るところに迷っていると、青山くんに手招きされて隣の席をすすめられた。座布団に座って足を崩す。
「俺も、いいか」
「あ、古橋くん」
声をかけてきたのは古橋くん。私の横の座布団を勧めると、ありがとう、といって座った。
「えっと、古橋くん?ぼく、青山」
「古橋だ。よろしく」
「名前ちゃんとは知り合い?」
「同じ高校で、な」
「あ、うん!そうなの」
な、と横目で見られてドキッとしてしまった。グラスを片手で持って飲む姿はなかなか様になっている。
「へえ〜そうなんだ。名前ちゃんは何部だったの?」
「私は、新体操部をやってました」
「新体操部!ちょっと意外だな」
「なにそれどういう意味よ」
「はは、怒らないでよ。古橋くんは?」
「バスケ部、だ」
「へー、これまた意外だな」
「バスケ部のこと、体育館共有する時とか見てたんだよ。」
「そうなのか。俺も、見てたよ」
「え、そうなの!?」
「そんなに意外か」
「や、あ、うん、ちょっとね」
「特に原…あー、紫の髪のやついただろ。あいつがはしゃいでた」
「ああ、あの人ね。ふふ、うん、確かに、こっちまで声がよく聞こえてたよ」
懐かしいなあー、と思い出に浸っていると青山くんが机に肘を着いて此方を覗き込んできた。
「いいな〜、名前ちゃんの新体操見て見たいよ」
「あはは、それほどのもんじゃないよ」
それから世間話を進めていると、突然背中に重みがかかった。
「名前ちゃーん。こんなところに居たのかーっ美波ちゃんさみしかったんだからー」
「うわ、ちょっと、もう酔ってるの?」
「えへ、酔ってないよーん」
「それ酔ってる人のセリフだから」
背中にいきなり押しかかってきたのは美波ちゃん。首に腕を回されて抱きつかれてしまった。完全に酔っていらっしゃる。
「ちょっとアンタら、名前ちゃんのこと挟んじゃって〜ダメよ〜名前ちゃんは美波ちゃんのものなんだから、ねー」
「え、ちょ、美波ちゃ…っ!」
ねー、と言って首をかしげた勢いで美波ちゃんの体が横に倒れる。
美波ちゃんに抱きしめられていた私も必然的に倒れるわけで、その倒れた方向にはなんと
「っ大丈夫か」
古橋くん。
古橋くんの膝の上に私の上半身を乗せるような形で倒れてしまった。いわゆる膝枕。下から見る古橋くんもやっぱり綺麗な顔をしていた。ていうかすごい恥ずかしい。
倒れる拍子に回されていた腕は解けて、美波ちゃんはそのまま畳の上に転がってしまった。
「わ、大丈夫?」
「う、うん!てかごめんね、古橋くん」
「や、大丈夫だ」
そそくさと起き上がって美波ちゃんを見ると、
「寝てるね」
「寝てるな」
「寝てますね」
もう、まったく。なんて言いながらも、やはり美波ちゃん。どこか憎めなくて、みんな笑顔だ。古橋くんはいつもと変わらないけど。
「美波ちゃーん」
「よし、ここは通路だから美波ちゃん広いところで寝かして来るね」
「あ、ありがとう青山くん」
「いえいえ」
よっ、と美波ちゃんをお姫様だっこをしてしまうあたり、やはり彼は好青年である。周りの女子から、わー、と歓声が上がっていた。
「酔うの早いんだね、美波ちゃん」
「そうだな。お前は強いのか?」
「いや、強くないよ。だからまだ一杯も飲み終わってなくて」
はは、と半分以上お酒が入っているグラスを古橋くんに見せると、本当だな、と返された。
「古橋くん強そうだね」
「まあ、弱くなはないかな」
「へー、羨ましいな」
なんともない会話をしていると、不意に古橋くんが、「名前」と呟いた。
「え?」
「古橋くん、じゃ硬いなって」
「あ、じゃあ、康次郎くん?」
「そっちのが楽でいい」
「わかった。康次郎くんね。」
「ああ。…名前と呼んでもいいか」
「へ、あ、うん!どうぞ」
なんだか、学生の頃のような淡いはずかしさに襲われる。なんだこの会話。下で呼び合うくらい普通でしょ、同期だし。うん、なんていうか、うれしい、かも。
じわじわと恥ずかしくなってしまって、ぐっと勢いよくお酒を飲んでしまった。
「わ、きつ」
「おい、大丈夫か」
一気に回る熱にくらくらしてしまう。ああ、お酒なんてやめて烏龍茶にしておけばよかった。気持ち悪い。
心配する古橋くん、否、康次郎くんの声も遠く聞こえる。
「わ、」
いきなり肩をぐっと掴まれて引き寄せられる。
うう、頭が回る。
ぼすん、
引き寄せられたのは、本日二度目の康次郎くんの膝の上。
所詮膝枕。
暖かい体温の膝にぐるぐる回る頭に、起き上がるのも億劫でそのままでいると、頭を撫でられる感触がした。
「よかったら休んでいいぞ」
「え、あ、ありがとう」
なにこれ、え、嘘でしょ。
康次郎くんってこんな人だっけ。
思うことはたくさんあるのに、言い出すことも出来ずにただ撫でられる感触が気持ち良くて、どんどんさがる瞼に逆らえなかった。