未だ着なれないスーツを着て、深く深呼吸をする。ざわざわしたホール内には「新入社員説明会」とかかれたホワイトボードが立てられている。
今日から、社会人になります。
大きなホールにはたくさんの椅子、そして人。さすが大手営業会社。新入社員の数も多い。
大学卒業後、大手営業会社の内定を手に入れた私は地元を離れ一人暮らしをしている。周りにはまだ内定を貰えていない人もたくさんいる中、私ってなんだかんだ幸運に恵まれているとおもう。ほんとに。
何処に座ろうか、と視線を巡らせていると前から三列目端っこに空いている席を発見。あそこにしよう、と足を進める。
「ここ、いいですか」
既に右隣に座る長身な男性に声を掛ける。男の人は私の顔を見て数秒止まった。否、私も止まった。
あれ、なんだろ。この人、どこかで…。モヤッとした気持ちが胸に広がる。すると「どうぞ」と声をかけられた。
「あ、すみません。ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げつつ、ホールに入る前に渡された資料を膝に置いて座ると、右隣から視線を感じる。堪えきれなくて、男の人を見ると案の定目があった。あ、この目。
「…あの、」違ったらどうしよう。変なナンパに思われたくないな。「どっかで、あったことあります?」苦笑いで男の人に問いかける。止まったように動かない男の人に、やはり人違いかと謝ろうとすると「苗字、だよな」と言われた。
「う、うん!よかった、えっと、」
「古橋。バスケ部だった」
「そうだ!古橋くん。久しぶりだね」
「ああ。」
「違ったらどうしようかと思った」
「あまり変わってないな。」
「そうかな?古橋くんもあんまり変わってないよ。っていってもそんなに話したこと、なかったよね?」
「ああ、そうだな」
「古橋くんもこの会社なんだね。知り合いがいてちょっと安心」
「俺も少し安心した」
ふっ、と笑う古橋くんにこんな顔するんだな、と思った。
「それでは、お集まりの皆さんー」
社員の人が前に出て話し始めた。ザワザワしていたホール内が一気に静かになる。
しっかり話を聞かないと、
そんな気持ちも他所に、
なんだか心が騒ついていた。