名前が目を覚ましたのは午後五時ごろだった。ベッド脇の窓のカーテンを寝ながら少し開けてみると、外は雨が降っていた。「雨だ」しばらく眠っていたせいで余計声が掠れている。静かな部屋で雨の音を聴いてうつらうつらとしていると、突然部屋の呼び鈴が響いた。誰だろう、こんな雨の日に。

「名前、いるか?古橋だ」

扉の向こう側から聞こえた言葉に私は熱があるのも忘れたように飛び起きた。こんな格好を康次郎くんに見せるのは羞恥でしかないが外で立ち往生させるのも申し訳ない。「は、はい!今開けます」ガチャガチャと鍵を開けて扉を開けると、ずぶ濡れの康次郎くんがいた。

「すまない。お見舞いに来たんだ」
「あ、うん、ありがとう…ていうか、風邪…引くよ」と言うと少し驚いたように「病人に言われるとはな」と小さく笑った。

「これ、持っていけと言われてな」スーパーの袋を軽く持ち上げる康次郎くん。「美波ちゃんね。わざわざありがとう」袋を受け取ってお礼を言うと「ああ。」と返された。「じゃあ」と来た道を戻ろうとする康次郎くんに、咄嗟にスーツの袖を掴んでしまった。

「あの、よかったら上がって。本当に風邪引いちゃうから。私みたく」
「でも、いいのか?」
「うん、私のせいで康次郎くんに仕事休ませるわけにいかないから」
「…じゃあ、お邪魔しよう」
「どうぞ」

パタン、と閉まる扉の音に外から聞こえていた大きな雨の音は小さく微かなものに変わってしまった。

「あ、タオル持ってくるね」
「すまない」

受け取った買い物袋をテーブルの上に置いて、洗面所へ行ってタオルを掴んだ。あ、お風呂入れたほうがいい、よね。蛇口を回して浴槽にお湯を溜める。着替えは、私には大きかったスウェットでもいいだろうか。一度しかきていないから綺麗なはず。部屋から引っ張り出してきて洗面所に置いた。

未だ玄関で立っている康次郎くんにタオルを手渡した。

「お風呂、入ってきなよ」
「いや、そこまで気を使うことはない」
「いいのいいの。気にしないで?着替えは置いてあるから」
「すまない。見舞いに来たのに余計に迷惑かけてるな。」
「大丈夫。元は私が…げほっ」
「横になった方がいい。」
「げほっ…お茶くらい、だすよ」
「自分でやるから気にするな。」
「ごめんね」

急に動きすぎたせいか、怠さが一気に戻ってきた。ベッドに倒れるように横になると幾分ましに感じる。

「あ、お風呂…げほっ」
「ああ、使わせてもらうぞ」
「あと、服、乾燥機使って」
「ありがとう」

浴室の扉の閉まる音を聞きながら、重い瞼を閉じた。

**

風呂から上がると、タオルとともに黒のスウェットが置いてあった。これ、着ろということだろうか。彼女の衣服を着ることに躊躇してしまう。だが雨で濡れたスーツは未だ乾燥機の中で回っていた。結果、心の中で謝って着させてもらうことにした。

「風呂、ありがとう」

返事がない様子を見ると名前は寝ているようだった。起こさないように側によると、静かに寝息が聞こえる。顔に掛かっている髪をどけて、取れかけている冷えピタを張り直してやる。

「無防備すぎないか」

つい口から滑り落ちてしまった言葉に口に手の甲を当てる。起きるかと思ったが名前は起きる気配はない。

すこしくらいいいだろうか。名前の赤い頬に唇を押し付けると熱い体温が唇から伝わってきた。このまま唇にもしてやろうか。その刹那、乾燥機の終了の合図が部屋に響いた。

「何を考えてるんだろうな」名前の頭を撫でて立ち上がる。これ以上ここにいるのは良くない気がする。早く出よう。乾燥機から乾かしたての衣服を取り出して着る。

テーブルの上に袋があるのが目に入る。飯、食べてなさそうだな。お粥だけ作って帰ることにしよう。レトルトで申し訳ないが。温めたレトルトにラップをかけて、テーブルの上に置いておく。

まだ静かに寝ている名前の頭を撫でて、静かに家を後にした。

外の雨はもうやんでいた。

さりげなく唇に触れると、名前の頬の温度を思い出してしまった。

名前は知っているのだろうか。高校の時からずっとお前に思いを寄せていたことを。




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