「ナマエ」 「んー?」
子供たちがやっと寝てカカシが帰ってきて、お風呂に入った後ご飯も出してほっと一息つく時間。 もうすぐ五歳になるコウタは年の割には落ち着いてるけどそれでもやんちゃ真っ盛りな優しいお兄ちゃん。三歳になったカナメは少し引っ込み思案なところはあるけど家族思いの優しい子。そしてもうすぐ一歳になるユリナは夜泣きもしないし最近少しだけ歩くようにもなって毎日どんどん成長してる。
そんなことを考えながら、向かいでビールを飲むカカシに付き合ってレモンティーを飲みながらまったりしてたら、急に神妙な顔をしたカカシ。
「あのさ、コウタのことなんだけど」 「?うん」 「やっぱ、アカデミーにいれるの?」 「なんで?」 「いや、別に俺たちが忍だからってコウタもそうなるのが当たり前じゃないなとはずっと思っててさ」 「うん」 「危険なことも多いし、やっぱり子供には俺達と同じような想いはさせたくないでしょ」 「…うん」
それはそうだ。あんな思いはしないでいいならその方がいい。 仲間や家族を失う苦しみはとても言葉では言い表せない。つらいし、苦しいし、寂しいし、なんでもないときに泣きたくなる。
私もカカシも、幼いころに家族を亡くして、戦争を経験した。だから今まで何人も仲間や大切な人を亡くしてきたし、そのたびにつらい思いをしてきた。苦しくて、泣きたくて、崩れそうになるたびにカカシに支えられて、私もできる限りカカシを支えてきたつもりだけど。
でも、そういう経験をしたからこそ学べたこともあったわけで。
「…そりゃたしかに普通の仕事に就けば危険も少ないし、親としては安心だけどさ。でも、私は忍になったから学べだこともいっぱいあるよ。命の尊さとか、自分の身を守ることとか。仲間の大切さも、その価値も。カカシもそうじゃない?」 「…まぁ」 「でもカカシの言ってることもわかる。親の決めたレールに乗ってるだけの人生は、きっといつかおかしくなるだろうからね」 「うん」 「だからさ、コウタに決めさせようよ。自分の未来を」 「できないでしょ、まだ五歳だよ?」 「うん、それは分かってるよ。だけどアカデミーを出ても忍になってない人もいるでしょ?それこそ護身術代わりに忍術を習う人もいるみたいだし」 「…まぁ」 「だからコウタに自分で決めさせるの。どう?」 「…わかった、そうしようか」
結局一番大事なのは、“自分がどうしたいか”ってことで。 私やカカシにそれぞれの人生があるように、コウタにはコウタの人生がある。それをどういう風に生きていくかはコウタ次第。私はあの子が、子供たちがどんな風に生きてもそれを見届けていこうと思ってる。
「それじゃあ、私はそろそろ寝るね。カカシも早く寝てよ、明日も任務でしょ?」 「うん。でも明日は昼から七班だけだから、ちょっとだけゆっくりできるよ。あ、そうだナマエ」 「ん?」 「明日さ、ちょっとだけ早起きできない?みんなで一緒に行きたいところがあるんだけど」 「いいけど、どこに?」 「コウタの未来に関する場所ってところかな」 「…もしかして、」 「ナマエが今思い浮かべたところだよ。忍ってのの厳しさも、あの子たちは知っておくべきだと思って」 「…わかった、おやすみ」 「おやすみ」
* * *
「さあ、着いたよ」 「ここ、えんしゅうじょう?」 「お、よく知ってるなコウタ。そうだよ」
まだ寝足りなそうだったユリナは抱っこひもの中で寝てて、コウタの手はカカシに、カナメは私とつないで歩いてきた。
演習場の一角にある、慰霊碑。 大きな石碑に、大戦のときや任務中に亡くなった仲間たちの名前が数多く刻まれてる場所で、カカシは今でも毎日任務の前にここに立ち寄っている。いろいろ何年経っても積もる話はあるもので、私も時間があるときは夜中にふらりと来たりしてカカシに心配かけたりもしてるんだけど。
「これはね、慰霊碑だよ」 「いれいひ?」 「そう。ほら、見てみて。いっぱい名前が書いてあるでしょ?」 「うん」 「ここにある名前はね、忍として任務に行って、帰ってこられなかった人たちのものなんだ」 「かえってこられなかったの?」 「そう、なぁコウタ」 「うん?」
コウタと同じ目線になるようにかがんだカカシは、優しい顔でコウタを見た。
「コウタは、大きくなったら何になりたい?」 「おおきくなったら?」 「そう、何をしたい?」 「…おれ、とうさんみたいなにんじゃになって、かあさんやカナメやユリナをまもりたい」 「…そうか。それじゃあ、五歳になったらアカデミーに入るのか?」 「うん!」
きらきらとした目を向けられたカカシは、少しだけ真剣な顔に変わってコウタを見た。
「コウタ。父さんも母さんも、もう長い間忍者だったんだ。それは知ってるよな?」 「うん」 「この慰霊碑には、母さんのお父さんとお母さんの名前も、父さんの友達の名前もいっぱい刻まれてるんだよ」 「うん」 「コウタには、おじいちゃんもおばあちゃんもいないよな」 「…うん」 「それはな、みんな忍として任務に行って、帰ってこられなかったからなんだ」 「…」 「忍者ってのは、とても危ない仕事だ。いっぱい痛いこともあるし、泣くこともあるだろう。それでもコウタは、忍者になるのか?」 「…」
カカシの言葉を聞いて、考えるようにうつむいコウタ。 そんなお兄ちゃんの姿を見たカナメは、繋いでる私の手をぎゅっと握って「コウタにい、ないてるの?」って心配そうな目を向ける。私はそんなカナメに「大丈夫、泣いてないよ」って言いながら、ゆっくりと顔をあげたコウタを見た。
「おれ、なかないよ。いたくてもがまんする。とうさんみたいに、みんなをまもるんだ。だから、にんじゃになりたい」 「…後悔しないか?あとからやっぱりやめた、ってのは男としてなしだよ?」 「…うん。おれ、にんじゃになりたい」 「…わかった」
カカシに正面切って言い切ったコウタの顔は、どことなくカカシに似ていて思わず涙が出そうになった。
まだあんなに小さいのに、たくさんたくさん考えて、絞り出した答えが“家族を守りたい”かぁ…。やっぱりさすがカカシの子だ。
話し終えた二人のところにカナメと一緒に歩いて行く。
「コウタの意志は固いよ、さすがナマエの子だ」 「…どういう意味?」 「良い意味で頑固ってこと」 「私はさすがカカシの子だなぁって思ったけど」 「ま、俺とナマエの子だもんな」 「…そうだね」 「ねえ、とうさん」 「ん?どうしたコウタ」 「とうさんのおともだちのなまえは、どこにあるの?」 「!」
突然の質問に固まってしまったカカシに変わって、私がその名前を指さす。 それはカカシの親友で、カカシを守ってくれた私にとっての英雄の名前。
「ここだよ、この“うちはオビト”って人。この人が、父さんの親友だよ」 「しんゆう?」 「一番仲の良いお友達のことだね」 「そっか」 「オビトさんは、父さんのことを守ってくれたんだよ。だからカナメも一緒に、ありがとうって言おうね」 「うん!」 「…うん」 「ナマエ…」
三人で慰霊碑の前にかがんで、手を合わせて目を閉じる。
オビトさん、カカシを守ってくれてありがとう。 あなたのおかげで、こんなに可愛い宝物と出会えました。 これからも、カカシのことを見守ってあげてください。
ゆっくりと目を開けて立ち上がって三人で振り返ると、照れくさそうな嬉しそうな顔で私たちを見ているカカシ。
「みんな、ありがとな。オビトに声かけてやってくれて」 「何言ってんの。カカシの親友なんだから当たり前でしょ」 「おれも、しんゆうできるかな」 「できるよきっと。だってコウタは父さんにそっくりだもん」 「…おれも、しんゆう、ほしい」 「カナメにもきっとできるよ」 「あー、だー」 「あ、起きたのユリナ。おはよう」 「おはよう、ユリナ」 「…ユリナ」 「きゃっきゃ」
三人でユリナとじゃれてたら、ごほんって聞こえた咳払い。
「よし。せっかく早起きしたんだし、みんなで朝ご飯食べに行こうか。おなか減ったでしょ?今日は父さんのおごりだよ」 「え、お小遣いから?」 「あんまり使うこともないし、いっぱい貯まってるからね。いいよ」 「やったー!よーしコウタ、カナメ、なんでも好きなもの食べていいよー!」 「やったー!おれ、おにくたべたい!」 「…おれ、おさかながいい」 「私もお肉ー!」 「きゃっきゃ!」 「…朝から凄いな、君たち」
ちいさな息子が、おおきな一歩を踏み出した瞬間。 今日は新しい記念日になりそう。
ちいさなけつい
fin.
長男の進路について、ということで書かせていただきました。幼いながらも家族を守りたいという気持ちが描けていればなと思います。
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