「ーーー、ーーーー?」



いつもと同じようにミクリオを誘って遺跡探検をするはずだったが、意気揚々と一歩目を踏み出した瞬間に足元の床が抜け、そのまま落下してしまった。幸いにも底は浅く大怪我はしなかったものの、打ち付けた体のあちこちが痛い。
横にいたミクリオも俺が急に落ちて吃驚しただろうな。

「スレイ、大丈夫かっ!?」
「うん、何とかね。」
「今引きあげるためのロープを持ってくるから、大人しくそこで待っていろよ!大人しくだぞ!」
「わかってる!…ったく、もうオレも子供じゃないんだからそれぐらいわかってるよ。」

ミクリオの足音が遠ざかっていくのを耳にしながら当たりを見渡す。
天井からの光だけでも十分なくらいの少し広い空間に、壁画と奥には祭壇があり、銀色に輝く美しい美術品のようなものが飾られていた。

「これっていつの時代の遺跡だろ?全然見た事のない文字だ。それにこの祭壇に飾られているのって…。」

スレイの手がそっと、それに触れると眩いほどの輝きが一瞬にして弾け飛び、咄嗟に目をつぶってしまった。
出来事はその一瞬だった。
次に来たのは体に何かがぶつかり、そのまま体制を崩し床にその何かと一緒に倒れ込んだ。

「…っ!今度は何が起こったんだ?」

目を開けるといつの間にか女の子が俺の上に乗っかっていた。女の子は俺に気がつくとすぐに飛び起き、頭を下げた。

「ーー、ーー!ーーー。」

「…えっと、ごめん。何言ってるかさっぱりわからなくて、君はどこから来たの?と言っても、オレの言葉通じてるかな?」

顔を上げた彼女の瞳が不安げに揺れる。
今日に現れた彼女をよく見るとまるで貴族のお嬢様の様な出で立ちをしており、方に大きめのカバンと両手に黒い箱のような入れ物を大事そうに持っていた。
彼女も俺のことが気になるのか、じっと見つめられる。綺麗な宝石のような瞳と目が合い気恥ずかしくなり目を逸らしてしまう。

(つい目を逸らしちゃったけど、変に思われてないかな?)

ちらりと彼女を盗み見ると既に興味の対象は自分ではなく、この遺跡に移ったようで考える様な仕草をしながら辺りを見渡していた。
流石に彼女自身も今の状況を理解出来ていないのだろう。
俺自身まだ驚いているくらいだ。急に遺跡の中に落ちたと思ったら綺麗な美術品を見つけて、それに触れたら今度は知らない女の子が出て来るなんて予想外の事だらけだ。
ふと、先程見つけた美術品を思い出しそちらに目を向けると、美術品は跡形もなく消えていた。
近づいて見ても跡形もなくなっていること以外わからなかった。ただわかるのは、あの美術品と彼女は何か関係があるという曖昧な情報のみ。

(彼女は一体何者なんだ?)

振り返り彼女を見ると、天井に空いた穴を覗くように見つめており、差し込んだ日の光が髪に反射してきらきらと輝いていた。まるで絵画を切り取った様な光景に思わず見とれてしまう。
綺麗だと心からの言葉がこぼれてしまい、彼女の瞳が俺を捉える。

「あ、邪魔してごめんね。」

咄嗟に謝ってしまったが、お互い言語がわからないという事を思い出す。

「言葉、そういえばわからないんだよね?どうやって伝えたらいいんだろ?」

語学の解読は古代語とかなら独学で多少はできるようになったけれど、異国の言葉はさっぱりだ。
そもそも彼女は異国ではないかもしれないが。
どうしたものかと考えていると目の前の彼女が急に肩にかけていたカバンから何かを取り出す。
手帳のような紙の束と片手に握られたのは細い万年筆?
しかし似ているのは形状だけでペン先が違う。
彼女の国の道具だろうか?
カチリと音がしたかと思えばスラスラと何かを紙に描き出していく。
インクも無しにペンは紙に黒い線を絶やさず描き写す。
よく見ると描かれているのは女の子の絵だった。それも俺の目の前にいる彼女と似ている。上手だな、なんて思っていると彼女がオレにその絵を見せ、指で絵と彼女自身を交互に指しながら言葉を紡ぐ。

「ー、ーー。ー。」

少し遅れて、この絵が自分である事と名前を伝えているのではないかと理解する。
彼女がゆっくり言葉を紡ぎ、なぞるように言葉を重ねる。

「れいりあ。」

「れい、りあ?」

彼女がふんわりと笑う。
そうか、彼女の名前はレイリアなのだとわかり俺もつられて笑みを返すと、彼女はまた紙に何かを描き出していく。
数分もしないうちに次の絵が完成し、俺に見せてきた。
そこに描かれていたのは俺の似顔絵だった。レイリアは俺とその紙を交互に指を指したところで自分の名前を聞かれているものと理解した。

「オレの名前はスレイだよ。スレイ。」

彼女が先程自分にしてくれたようにゆっくりと名前を伝える。

「す、れい?」

「うん。」

ただ名前を呼ばれただけなのに心が温かくなるのを感じた。小声でもう一度、確かめるように自分の名前を繰り返す彼女に心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
そんな俺の気も知らず彼女は絵の下に文字を書いていく。きっと彼女の国の言葉で俺の名前を忘れないように書いているのかもしれない。
それを思うとどうしようもない、知らない感情が顔を出す。
彼女の事をもっと知りたいと思い、声をかけようとしたところでよく知った声が聞こえた。

天井の上、地上からミクリオの声が聞こえ返事を返すとミクリオが天井の穴から顔をのぞかせる。

「スレイ、ロープを持ってきたぞ。今降ろすから少し待っていろよ。…って人間!?」

「あっはは、まあ色々ありまして。それよりもこっちに来てみろよ!見たことも無い文字と壁画があって、どれも文献に残されていない物かもしれないんだ!」

「色々って…っ」

そうミクリオが言葉を続けようとして止まってしまった。ミクリオの目線は俺の隣、レイリアへと向けられており、俺も彼女を見るとまるでミクリオが見えているかのように天井を見上げていた。

「もしかして、僕が視えているのか?」

「ええっ!レイリア、ミクリオのこと視えるの!?あそこにミクリオっていう天族がいるんだけど…。」

興奮気味にレイリア肩を掴みミクリオがいる方へ指を指すと、彼女は微笑みながらミクリオの方へ手を振る。その行動は彼女がミクリオを見えている事を肯定するには十分だった。
俺が一人喜んでいるといつの間にか降りてきていたミクリオに手を掴まれる。

「スレイ、そこまでにしないと流石に彼女が可哀想だぞ。」

幼馴染にそう諭され彼女を見ると、ぐったりとしており申し訳なく思った。

「それで、どうして人間がこんなところに?君はここで何をしていたんだ?」

「待って、ミクリオ。彼女の説明はオレにさせて。」

彼女に詰め寄ろうとしたミクリオを止め、改めて事の経緯を説明する。

「つまり、遺跡で見つけた美術品から彼女が出てきたと。言葉は通じないし、気がついたら美術品が無くなっていたと。それを僕に信じろって言うのか?」

「そうなんだ。今彼女についてわかってるのは名前がレイリアって事ぐらいかな。嘘は言ってないよ。信じてくれ。」

「はぁ、君が嘘をつけない人間だって言うのは僕が1番知っているよ。それで、君は彼女をどうする気なんだ?」

「どうって、オレの家に案内しようかと。」

「っ、得体の知れない人間を杜に入れる気か?そもそも人間かどうかも怪しいのに…。」

「ミクリオ!…彼女は、レイリアは得体の知れない人間じゃない。」

ミクリオの言葉に苛立ちを覚え、言葉尻が強くなってしまう。ミクリオの言い分もわからない訳じゃないが、自分には年相応に笑う彼女を疑うことはしたくなかった。
張り詰めた空気の中、突然彼女の嬉しそうな声が聞こえた。
そちらに目を向ければ、壁画を熱心に見つめ、はしゃぐ彼女の姿があった。

「ミクリオ、オレは彼女が怪しい人間にはどうしても見えないよ。」

「そうだな。壁画であんな風にはしゃげるのは君か彼女ぐらいの人間だろうしな。怪しいって言うより変な人間だな。」

そう言って笑うミクリオの顔から、もう警戒している様子はなかった。
今も俺達をそっちのけで壁画に夢中になる彼女に近寄り、肩を叩く。

「レイリア、楽しんでいるところごめんね。少しいいかな?」

「?」

「ミクリオのこと、紹介したいんだけど。ほら、あそこにいる彼ね。」

ミクリオに指をさして名前を伝えるがいまいち伝わっている気がしたかった。自分も紙とペンを持っていれば良かったと少し後悔していると、彼女は自分の行動からくみ取ったのか手に持っていた紙にミクリオの絵を描いていく。
自分の伝えたい事を言葉が通じなくても、こうして汲み取ってくれる彼女に感謝した。
少しして出来上がった絵を見せてくれるレイリアにミクリオの名前を伝える。

「み、くりお?」

「ああ。」

彼女は絵の下に文字を書きページをめくった。
レイリアの絵が描かれたそれをミクリオに見せながら彼女は自分の名前を伝える。

「よろしく、レイリア。」

名前を呼ばれ言葉が通じて嬉しいのか彼女が笑う。
その笑みが向けられている先が自分では無いことに少しだけ、心に違和感のようなものを覚えた。



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