2話



囲炉裏を囲んで老人とレィリアはお茶を啜っていた。ぱちりぱちりと薪が爆ぜる音が普段なら心地よく感じるが、今はそんな音も耳に入らなくなってしまうほどレィリアは緊張していた。

レィリアの向かいに座るのはこの杜の長を務め、みんなからジイジと呼ばれている天族で、幼い私を引き取り育て親となってくれた方だ。
普段は優しいけれど、怒るとすごく怖く、まるで本当に雷が落ちたのかでも思うくらい大きな声で怒られるのだ。私がその雷を落とされたのは人生でまだ1度だが、あれは忘れられない記憶になっている。

さて、それよりも今はどう本題を切り出すかだ。先程から口を開けても言葉が出ずに、そのまま口を閉じる。そんなことを何度も繰り返していた。
おかげで淹れてもらったお茶はこれで二杯目になってしまった。

「…して、スレイとミクリオは今日もあの遺跡に行っておるのか?」
「え、ああはい。今日はもう少し奥に行くと張り切っていましたから…。」

急に話を振られてしまい、素直にスレイたちが今どうしているかを受け答えしたところでハッとする。
スレイとミクリオからは今日遺跡の奥に行くことは絶対内緒だと、今朝言われたばかりだった。しまったと思った時にはもう遅く、老人の目がキラリと光る。

「ふむ、そうか。元気なのはいいことじゃが、困った子供たちじゃな。」
「あはは。」
(ごめんねスレイ、ミクリオ。)
「お主もじゃぞ、レィリア。」
「え?」

ジイジの目が鋭く私を捉え息が詰まる。まるで見透かされているようなそんな目だった。
そんな目で見られてはもう腹を括るしかなかった。

「ジイジ…。
いえ、イズチの杜の長である天族ゼンライ様にお頼み申し上げます。」

私は姿勢を正し、膝の前で両手を重ねて頭を下げた。

「どうか今一度、私がこの杜に来た時の事をお聞かせ願えないでしょうか?」
「またそれか。何度も言っておるじゃろう。
そなたは人間に捨てられ、酷く傷付けられたところをわしらが見つけ介抱した。そして記憶をなくし、行くあてもないと言うからこの杜の家族として迎え入れた。それが全てじゃよ。」
「本当にそれが全てなんですか?」

顔を上げ、真っ直ぐに見つめ返すとジイジは目を逸らし、湯呑へと視線を落とした。

「ならどうして、私には記憶がないんですか?」
「それは、恐らく酷い怪我を負った時の遺症から来るものじゃと。」
「こんなに綺麗に7年間の全てが消えるのですか?自分の名前と生活に必要な知識だけを残して?
それに、この杜に来た時の話をされても思い出す所か、何かが腑に落ちない。それに、さっきもジイジは私から目を逸らした。まるで何かを隠してるみたいに…。」
「…。」
「ごめんなさい。ジイジを責めるつもりじゃないけれど、私は…。
私は本当のことが知りたい。無くしてしまった7年間の記憶を、私の家族や自分自身の事。
だからどうか、どうかお願い…ジイジ……。」

沈黙が流れる中、私の後ろでは薪が爆ぜる音がする。その音だけがやけに大きく聞こえてくる気がした。
やがて、ふうっと小さくため息をつくとジイジは再び私を見据えて言った。

「わかった。そなたがそこまで言うならば話そう。」
「ジイジ…。」
「ただし、わしが話せるのはお主がここに来た時のことだけじゃ。それでも良いか?」
「はい!」

私が返事をするとジイジはゆっくりと口を開いた。

「7年前、一人の天族が人間の子供を連れてやってきた。それがお主、レィリアだったんじゃよ。
初めは関わるべきではないと思ったんじゃが、その天族が全てをかけて守りたい人間だと懇願してきたからのう。お主は霊応力も強く、そして……。」

突然黙り込んだジイジに首を傾げる。

「ジイジ?」
「あぁ、すまん。何でもないわい。
ただ、同じ人間であるならばスレイの良き理解者になれるやもしれぬと思い、引き取る事に決めたのじゃ。」
「それで、その私を連れてきた天族の方は?」
「それについては話すことが出来ん。」
「どうしてですか!?」

思わず声を上げてしまった。
でも、ジイジは真剣な表情で言葉を続けた。

「すまないがそれはわしの口からは言えんのだ。」
「そんな…!」
「まあそう落胆するでない。この時の為にと荷物を預かっておる。」

そういうとジイジは部屋の戸棚の中にある荷袋を差し出した。

「これは……?」

恐る恐る聞くと、ジイジは優しい笑みを浮かべた。

「開けてみるといい。きっとお主に必要な物が入っているはずじゃ。」

言われるままに袋を開けると中には服や装飾品のようなものから手紙などが入っていた。
ひとまず手紙を取り出し、開いてみるとそこには走り書きだが、綺麗な字でこう書かれていた。

"レィリアへ
これを読んでいるという事は、君はこの杜を出て行くつもりなのだろう。
お前にはずっとその杜で幸せに暮らして欲しいと思っている。
その杜はこの世界で一番安全な場所だ。
だからそこで大人しく暮らしていってくれ。
それが私の心からの願いだ。
しかし、どうしても下界に降りたいというのなら
止めはしない。
失った記憶について知りたいの願うなら
鳥の詩を聞け。"

手紙はここで終わっていた。読み終えた後、もう一度手紙を読み返す。
この字に見覚えはないけど、それでもとても懐かしい気持ちになる。

「ジイジ。私、…この杜を出て下界に行こうと思う。育ててもらった恩を仇で返す事になってしまうけれど、それでも…。」
「下界に行くのじゃな。」

ジイジの真剣な目に応えるように真っ直ぐ見つめて返事をする。

「はい。」
「そうか……。後悔せぬように生きるんじゃぞ。」
「うん!ありがとう、ジイジ!!」
「だが、旅立つのはまだ後じゃ。」
「えっ!?流れ的に今すぐにでもと思ったんですが。」
「何を言っておるか。旅支度がまだであろうが。それに外は危険が多い。万全な準備をしておかねばならん。」

確かにそれはそうだ。まだ何一つ旅に必要な持ち物を揃えていないままだった。

「それもそうですね。」

こうして私はジイジの元を離れ、旅に出る為の準備を始めたのだった。



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