1話



手足の末端が冷たくなるような寒い部屋の中で、少女は目を覚ます。
まだ眠っていたいという気持ちに負けそうになるが、何とか体を起こし上着に袖を通す。あくびを噛み殺しながら洗面所にある桶に水を貼り、顔を洗うと眠気はもうどこにもなかった。
服を着替えながら今日の予定を確認する。と言っても仕事をしている訳でも無く、自給自足で暮らしているため予定の大半は生活に必要な事以外は自分の趣味などで埋まっている。机の傍らに置かれた帽子を被り、グローブに指を通せば準備万端だ。
部屋の窓を見れば、空はまだ薄暗く、日の出前である事がわかる。

「…どうりでまだ寒いわけだ。」

キッチンテーブルの上に置かれたバケツを手に取り玄関の扉を開けると、外の冷たい風が肌を撫で、その寒さに身を震わせる。
息をすれば少し湿った朝の空気が肺を満たしていく。

「さて、今日もヤギさんからミルクを分けてもらいますか。」
「おはよう、レィリア。」
「ひゃぁっ!」

急に背後から声をかけられビクリと体を震わせる。
声の方へ目を向ければ、同じようにバケツを片手に持った幼馴染の姿があった。

「おはようスレイ。今日は早いんだね。」
「今日はいい夢を見たからね。」
「いい夢?」
「うん。遺跡探検してる夢だったんだけど、途中でこんなでっかい彫刻を見つけたんだ!」

楽しそうに話すスレイに釣られて笑みをこぼす。いつももう一人の幼馴染を連れて遺跡探検に行っている彼だが、夢でも同じように2人で遊んでいるのだろうと容易に想像できてしまう。

「それで、調べていたら急に動き出して…。」
「動いたの!?どんな風に?動力は?強かった?すごく気になる。」
「そう言うと思って、どうにか持って帰れないか考えてたんだけど、彫刻に押し潰されそうになって、そこで目が覚めたんだ。」

あははと眉を下げ苦笑いを浮かべるスレイ。

「それは残念だったね。でもいいなー、私も動く彫刻見てみたいな。どこかその辺に転がったりしてないかな?」
「流石にその辺には転がってないんじゃないかな。」
「そうだよね。」

少し残念に思っていると、バケツを持っていない方の手をスレイにそっと握られる。
突然の事で不思議に思いながらスレイを見るが目が会った瞬間に逸らされてしまう。

「スレイ?」
「……あのさ、もし良かったら今度二人で探しに行かない?杜の近くの遺跡もまだ全部は調べきれてないし、もしかしたら本当に動く彫刻もあるかもしれないからさ。」
「……スレイ。」
「どう、かな?」

真っ直ぐに見つめてくるスレイの瞳から目が離せない。繋がれた手は緊張してか、じんわりと汗をかいている。幼馴染を遊びに誘うのがこんなに緊張する事なのだろうか?もう一人の幼馴染であるミクリオを誘う時もこんなに緊張しているのだろうか?
そんな事を考えているとスレイ顔が曇ってしまった。返事を直ぐに返さなかったため、断られると思ったのだろう。

「駄目だったかな?」
「ううん、そうじゃなくて少し考え事しててごめんね。遺跡探検だけど是非お願いしようかな?」
「本当!?」
「うん。動く彫刻を見てみたいし、もしかしたら別の新しい発見もあるかもしれないし!」
「新しい発見はともかく動く彫刻なんてあるわけないだろ。」
「ひゃぁっ!」

またまた背後から声をかけられてびくりとする。
振り向くとそこには呆れた表情のミクリオいた。
やれやれと言った様子で溜息をつく彼は、私のもう一人の幼馴染ミクリオだ。

「ミクリオ、いつからそこに!?」
「君が夢で見た動く彫刻を話すあたりからかな。」
「全部聞いてたんだ…。」

自分の夢の話を聞かれていたのが恥ずかしいのか、ほんのりと頬を染めるスレイ。

「ミクリオがいきなり声かけるから吃驚したよ。さっきもスレイに背後から声かけられたけど、もしかして今流行りなの?」
「そんな流行りがあるか!」

すかさず突っ込むミクリオに思わず拍手をしてしまう。ミクリオはその反応が気に食わなかったのかムッとした顔をしていたけど、すぐにいつもの顔に戻ってしまった。

「まあいい。それよりも君達はいつまで空のバケツを持っているつもりなんだい?」
「あっ…。」

言われて思い出した私とスレイは空のバケツを見て苦笑いをこぼす。

いつもと変わらない日常に幸せを感じていた。でもどこか欠けていて、私の心はずっと、ここでは無いどこかに行きたがっていた。
私は7つのときにこのイズチの杜にやってきた。その時の事、それまでの事は全て忘れてしまっていて何も思い出せない。時が経てばもしかしたら思い出せるかもと淡い期待もしていたが、未だに私は本当の家族の名前さえ思い出せないでいた。
知りたい。
その願いは時が経てば経つ程に強い思いとなっていた。例えこの杜での暮らしが二度と出来なくなってしまうとしても、幼馴染と私を家族と迎え入れてくれた天族のみんなと離れ離れになってしまったとしても、外の世界に行きたい。
どうしても知りたいんだ。自分のことを。そして家族の事を。


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